犯人

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犯人

 時間がかかると思われたが、数日後には未藍を襲った男は見つかった。瓜田や未藍の証言からその男は未成年誘拐未遂の容疑で捕まった。  叔母の響子と未藍は、犯人から何が語られるか不安で口数が少なくなっていた。叔父の浩太(こうた)は2人の気を紛らわせようとバラエティ番組や会社で起きた笑い話をしてみたり、未藍や響子の好きな料理を振舞ってみたりしたが、家の重苦しい雰囲気は回復しなかった。 ーー何日かして、ついに桜庭警部が経緯の報告に未藍の家を訪ねてきてくれた。  未藍を襲った男は織田正平という43歳の男だった。4年前隠里で古民家を探していた例の男である。  隠里を含む一帯は昭和後期にスキー場やキャンプ場として大々的に開発が進み高速道路も整備された。現在の隠里は田舎の景観が人気の、大型観光バスも乗り入れする観光地となった。  4年前、織田はひと儲けしようと民宿用に古民家を探していたが不動産会社の社員だった大塚睦美(おおつかむつみ)が行方不明となり最重要人物と疑われたため、民宿を始める機会を失っていた。4年経ち再度民宿を始めようかと訪れた隠里で、またしても奇妙な虫喰い現象に遭遇したのだった。  手がかりに繋がらず申し訳ないが、未藍の母親である大塚睦美の行方不明に織田は関わっていないようだと桜庭警部は告げた。  行方不明に関わっていないのであれば、なぜ“幽霊から手紙が来た”などと言ったのか、未藍を誘拐しようとしたのか?  桜庭警部はただの偶然ですよと笑いながら、幽霊発言の内容について教えてくれた。  未藍と織田正平のスマホに虫喰い現象が起きたあの日、織田に届いたメールの文字が虫に喰われるように欠けていった。残った文字だけが赤く染まり意味のある文として読むことができたのだ。 『よ こ し ま な も の  こ ん や お ま え を た た り に ゆ く 』  真っ赤な文字にゾッとしたと同時にふわりと窓から入り込んだ風で、民宿に貼られていた大塚睦美を探す色褪せたチラシが足元に落ちてきたのだそうだ。  睦美がもう亡くなっていると思い込んでいた織田は、きっと睦美からの心霊メールだと怖くなり隠里から逃げ帰った。1日たって落ち着いてみると単なるバグが偶然自分に宛てた手紙のように読めただけのような気がしてきた。  織田は不動産会社の美人社員だった睦美を気に入っていた。母親の仕事場にたまたま顔を出した当時小6の未藍にまで目をつけていた。そのことを運悪く思い出し、気軽なノリで未藍を探し……そして見つけてしまったのだ。 「隠里で民宿をしようと考えたのは自分好みの女の人がよく来る土地だから。この間のは誘拐ではなく少し強引になっただけで女子高生とファミレスでお茶したかっただけ。反省しています。」  織田はこのように話せば、馬鹿野郎と叱られる程度ですぐに帰れるだろうとペラペラと素直に喋った。  しかし防犯カメラやドライブレコーダーの映像から、織田正平は他の未成年誘拐事件にも多数関わっている可能性が浮上し、これから更に詳しく取り調べられるそうだ。  睦美の行方不明状態は変わらなかったが最悪の結果を耳にすることなく、響子も未藍もここ数日の極度の不安から開放された。  未藍は思いついたように2階の部屋まで階段を走ってかけ上り、壊れたスマホと充電器を持ってまたリビングにかけ降りてきた。  古いベビーピンクのスマホを充電し始めると、虫喰い現象の起きた日のメール探し始めた。響子もハっとして一緒にスマホの中をのぞき込んだ。  しかし、虫喰いが起きたファイルを開いても織田に届いたような意味は読み取れなかった。  響子は未藍の隣に座り、肩を抱くとぽんぽんと軽く叩いた。未藍は安堵したのと期待が裏切られたのとで、今まで溜め込んだ分の涙をたくさん流した。  背中の響子の手の感触で小さい頃の記憶が蘇った。眠る前にお母さんに甘えて「トントンして」と未藍がねだるとお母さんは胸のあたりを軽くトントンとしながら寝かしつけてくれた。あの感触に似ていた。
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