隠里集落へ

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隠里集落へ

 響子は何でも知っているかのような、大人びた稗田に聞いておきたいことがあった。 「今まで未藍ちゃんを傷つけないように、姉の話を避けて明るく振舞ってきたけれど、それが逆に未藍ちゃんを追いつめていたみたいで。  彼女優しいから心配されないように私たちには何にも話してくれなかった。だから皆さんに話を聞いてもらってすごく楽になったと思うんです。  夫と私とで親代わりのつもりでいたけど傷ついた未藍ちゃんを丸ごと支える自信がなかったのね、信頼してお互い逃げずにちゃんと話しておけばよかった。だから今度の週末また3人で隠里に行ってこようと思っているの。 ーーこんなこと稗田くんに聞くのもおかしいんだけど、隠里に未藍ちゃんを連れて行っても大丈夫だと思う?ーー何というか、オカルト的に。」  稗田は困ったように、より一層大人びた表情で丁寧に応えた。 「オカルト的にーー。恐らく大塚さんのお母さんが消えた沢は、隠里に伝わる話ではこの世と異界の境目に当たります。死者も沢を渡った向こう側に埋葬されます。しかし、現在あの里に本来の村人はほとんど住んでおりませんし、昔からの風習も残っていません。ですから大塚さんから目を離さず近くにいれば、オカルト的には大丈夫かと思います。」 「ーーぼくからも質問があります。失礼ですが……大塚さんのお父様はどのようなお方ですか?」  頭から背筋までまっすぐ伸びた姿、声も静かだがずっしりと重みがある。  響子は聞かれる予感がしていたのか最初から話すつもりでいたのか、すんなり語り始めた。 「未藍ちゃんのお父さんはね私も知らないの。姉が20代の頃、6年ほど音信不通になった時があって、その間その男の人と一緒にどこかで暮らしていたらしいんだけど、ある日その人は外国に行っちゃったって5歳になった未藍ちゃんを連れて実家に帰ってきたわ。何年か後にその男の人とは隠里で知り合ったんだって教えてくれたの。」  稗田は分かっていたかのように頷いた。 「4年前のあの日、お姉さんが隠里の沢へ降りて行ったのは、その男性に会いに行ったのではないかと響子さんは考えているんですよね?ーー外国ではなく、異界へ行った男性に会いに。」 「確信はないのよ。こんな話……未藍ちゃんにはあんまりな話できっと耐えられないわよね?」不安そうな響子はやはり話すべきか迷っているようだった。 「週末、ぼくもご一緒させていただけませんか?ぼくと言うよりオカルト研究部ですが。顧問の先生にも掛け合ってみます。ぼくらは不思議で奇妙なことへの理解は深いつもりです。何かお力になれるかもしれません。」 「部長さんは、とっても頼りになるのね。そして何でもお見通しなのはなぜかしら?……あなたは何者なの?」  響子には、この年下の落ち着き払った少年が何十歳も年上に感じられた。 「語部(かたりべ)です。ぼくの一族は祖父の代まで隠里に住んでいた語部なのです。代々歴史を物語に編みこんで語り継いできました。でもぼくが語部だということは内緒なんですよ、歴史は時の権力者の都合で簡単に歪められるものですから。」 「秘密の共有ね!」  響子はいたずらっ子のように口に人差し指を当てて言った。 ーー日曜日、顧問の滝川先生の手配により研修という名目でマイクロバスがチャーターされた。高速道路を走れば1時間30分で到着する。  かつて山奥深くに隠れていた神秘の里は今や訪れやすい賑やかな観光地となっている。  お土産物売り場では、少し気味の悪い手足の長い人形が販売され、若い女性が「可愛い〜ブサカワ〜。」と手に取っていた。  未藍も気になって手に取ってみると背中に小さな羽がついてる。  宣言通り未藍のそばを離れない瓜田が「あーそれは、坂下町の中心にある“足窪池(あしくぼいけ)”を作ったと言われる巨人くん人形です。大塚さんが見たのもこの巨人かもしれませんね!」と説明してくれた。    未藍は小6の時に隠里で巨人を目撃し誰にも話せず悩んでいた。あの日々は何だったんだろう。巨人のことを大声で話す瓜田を恨めしく見ながら思った。  都会からの観光客と思われる人たちが、通りすがりに未藍をジロジロ見ていくので「ねぇ、私なんか変?何か付いてる?」と近くにいる瓜田にたずねた。  自分の服装もくるりと見回したがそれほど変でもない。  瓜田は「さぁ、何ででしょうか?大塚さん派手で目立つからじゃないですか?」と気にしていないようだった。  その後ろを歩く響子と稗田。さらに後ろでは滝川先生と叔父の浩太が地域史について話し込んでいる。 「大塚さんはだんだん美しくなっていますね、どこか妖しい美しさです。」稗田が響子に話しかける。 「それも少し心配なのよね、未藍ちゃんのパパはどんなイケメンさんだったのかしら。イケメンさんというより……。」響子はそれ以上は言葉に出せないようだった。 「隠里の村人は、神化した山の生き物や異界の者と人との間に生まれた子の子孫だと言われていますよ、ぼくもそうかもしれない(笑)。  考えてみたら隠里の村人に限らず皆んなずっとずっと以前の祖先が本当は誰なのか知らないでしょう?知らないんですよ、本当のことは誰も。」  稗田は響子を自分なりに明るく励ました。しかし異界の者と人との間に生まれた子どもには、異界と人とを繋ぐ使者としての役割があることは告げなかった。
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