不穏な影

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不穏な影

 話をするのは部長の稗田(ひえだ)ばかりで、他の部員2名は黙って座っているだけだった。無表情な2人は感情が読み取りづらく、部長の丁寧な話し口調は、大人が感情を隠す時に使う手段のようにも見えた。 「電話会社に問い合わせてみたのですが、原因はまったく分からないとのことでした。数日たってもバグの原因が解明されず、修正もされないのは珍しいことです。電話会社はお手上げ状態なのです。」 「実は、我々にはもう一つ気になることがありまして、同様の虫喰い現象が県境の隠里集落(かくれざとしゅうらく)でも1件だけ呟かれていたんです。」 ーー隠里集落。  その名を聞いて未藍は、指先から心臓まで一気に冷え固まったように感じた。  隠里集落は4年前、未藍の母親が行方不明になった場所だった。  未藍は当時小学6年生。不動産会社で働いていた母は、客に古民家を紹介するため隠里集落に向かい、その日に忽然と跡形もなく消えたのだ。  当時話題にもなり、その古民家を探していた客や付近の怪しい人物などが疑われたものの、全く手がかりのないまま4年が経っている。  母と未藍2人だけのシングル家庭だった。そのため今は叔母夫婦の家に居候させてもらっていた。 「大塚さん? 顔が真っ白ですけど大丈夫ですか?」  部長の声で冷静さを取り戻した。 「あの……今日はもう帰ってもいいですか?気分が悪くて」 「そうですか、突然すみませんでした。虫喰い現象について、何かお気付きの点がありましたらオカルト研究部員に教えてください。」と部長から電話番号が書かれた名刺カードを受けとった。  未藍は放心したまま、どんどん歩いた。いつもなら寄り道をする店にも顔を出さずまっすぐ電車に乗り2駅目で降りる。またどんどん歩いて家の近くまで来てーーふと、後ろから未藍と同じ速度の足音が、ずっとついて来ているのに気がついた。 (いつからこの足音してたっけ?)  家に着く1つ前の角で違和感がないように振り返り後ろを確かめた。少し離れた後ろに黒いキャップをかぶった男が1人、もう少し後ろにも仕事帰りと思われる人が2人歩いていた。 (気のせいか)  思わぬところで隠里の名を耳にしたので、少し過敏になっているのかもしれない。  スマホを操作しているフリをし、後ろの3人をやり過ごしてから未藍は家に入った。母が行方不明になってから、慎重に行動するようになっていた。  なるべく明るい声で「ただいま」と言うと、「未藍ちゃんおかえり!」と叔母の明るい声が返ってきた。いつもの叔母の声にほっとしながら2階の部屋にカバンを置きに行った。  その頃ーー薄暗くなった未藍の家の前を、黒いキャップの男が今さっき明かりのついた部屋を確かめながら、ゆっくりと通り過ぎていった。男の影は周りの暗さに吸い込まれ、夜の中へ消えていった。  数秒後ーーさらにもう一つ。  小柄な人影が前の影を追うように、静かに前の男と同じ方向へ消えていった。
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