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明るい家庭
その日の夜、未藍は叔母夫婦と夕飯を食べながら、テレビ番組や学校の話を普段通りにしていたが、資料室での話はしないでおこうと決めていた。
自分同様に叔母も、姉が行方不明になり心を痛めている。叔母は未藍の前ではいつも明るく振る舞っていた。母の行方不明事件が迷宮入りしたことで、男を作って逃げたんじゃないか、もう亡くなっているんじゃないか、勝手な憶測と興味本位の様々な噂が流れた。世間がどう言おうと叔母は母を信じて待っている、その揺らがない想いが未藍を支えてくれていた。
「響子ちゃん、私バイトしようと思うんだけど、いいかな?」
この家に住み始めた日から、未藍は叔母のことを響子ちゃんと呼んでいる。名前呼びなら、子どもと一緒にいる女性が母親か叔母か他人からは判断がつかない。ただ単に“おばさん”と呼ばれるのが嫌だったのかもしれない。“響子ちゃん”と呼ぶのは本人からのリクエストだった。
「未藍ちゃん、お小遣い足りない? 高校生になってお友達と遊びすぎなんじゃないの?」
叔母は、高めのおっとりとした品のある声をしている。
「そーれもちょっとあるかも、ごめん。スマホがね壊れてきちゃって。スマホって高いでしょ?だから夏休みの間だけバイトしようかなーって。働いてみるのも勉強でしょ?」
渋い表情の叔母の顔を見て、
「ま、いいんじゃないか?過保護すぎるのも良くないぞ。」
叔父も参戦する。叔父のことは叔母も未藍も“コウくん”と呼んでいる。
「んーーっ!ではっ、夏休みの間、明るい時間のバイトなら認めよぅ〜!」
「ありがとう!じゃあバイト先探したら、相談するね。」
「サンキュ!コウくん」
叔父は柔らかい表情だけで返事をした。
その夜、布団に入っても未藍は寝付けずにいた。
自分から始まった虫喰い現象、100km以上離れた隠里で1件だけ報告のあった虫喰い。これは偶然なんだろうか?何か意味があるのだろうか?
明け方、久しぶりに母の夢をみた。
同じ夢を繰り返し何度もみていた。小さい頃、母と2人で住んでいたアパートの部屋で、絵を描く未藍とそれを見守る母。
母は何かを話しかけているのに未藍には聞こえない。未藍が話しかける声も母には届かない。
「なぜ、どうして?」
「返事をして!何か応えて!」
願いは叶わない。願いは叶わない。
ーー目が覚めると、虚しくて悔しくて、ぶつける宛てのない感情に襲われた。未藍はあの事件からずっと答えのない沼にはまり続けている。
それでも毎日朝は来る。
自分の部屋から出て、リビングに向かう間に一つ明るい性格の仮面を被る。
制服に着替え、学校に向かう間にも、幸せな普通の女子高生の仮面を被る。
そうやって、事件などなかったかのように1日が過ぎていく。
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