我が家の魔法少女

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「ねぇお父さん?私の爪切り見なかった?ハートマークの付いたやつなんだけど……」  サヤカが私の書斎にキョロキョロと見回しながら入ってきて、読んでいた新聞を畳む。 「爪切りなら居間の棚にいつも使っているやつがあるだろう、なんだ、それじゃないとだめなのか?」  断りもなくタンスや引き出しを引っ張り出し、クローゼットの中の衣服のポケットなど、明らかにあるはずのないところをまで漁り始めたサヤカにやや呆れた声を出すと、ビクッと大げさに身を震わせ、途端にあたふたとし始めた。 「あー、えっと、それじゃダメってわけじゃないというか……ただちょっと見当たらなくて……いや、別にいいんだよ?本当にそこまで重要とかじゃないし、いいんだけど、ほら、あれ結構大事なものだから、どこ行ったのかなー……ってね?あぁ、うん、何でもないの、そだね、その爪切り使えばいいんだもんねっ、ちょっと行ってくる!ありがとね!」  そう矢継ぎ早に言い切ると、居間にある「ただの爪切り」をとりに、そそくさと去って行った。その姿をじっと見つめていたが、サヤカが居間のほうへ向かったのを確認すると、やれやれと立ち上がり、廊下の向こうで開けっ放しになっている、彼女が出てきた部屋の中を覗く。先ほど同様、それらしい場所を片っ端からひっくり返して探したのだろう。中学の教科書やノート、少女マンガ、着替え、それに部活で使う運動靴や髪留め。いろんなものが散乱している部屋の様子を見回して、一つため息をつき、後片付けを始める。おそらくほかの部屋も同じようになっているだろう。  サヤカは魔法少女だ。いつそうなったのか正確にはわからないが、おそらく今探していた爪切りとやらを手に入れてからだろうから、1か月前かそこらといったところだと思う。  といっても本人からそういう話を聞いたわけではない。見ての通り隠すつもりではあるらしいが、それでも元々隠し事などが得意じゃないタイプだから、何度か不自然に席を外しては、私に隠れて、こっそり庭や風呂場で変身している姿を見かけていた。件のハートの付いた爪切りをかざし、夜中ならまず飛び起きる程の光に包まれて、日曜日の朝にいつも母娘二人で見ていた少女アニメさながらなピンク色のフリフリに着替え、星やハートの装飾の付いたステッキを振る姿は、すでに私には見慣れた風景である。  以前公園で変身していたときは、その時周囲にいた子供たちに魔法をかけて、自分に関するその数分の記憶を消していたが、私の記憶がこうして残っている辺り(おそらくそもそも気づかれてないと思っているのだろうが)、本当に大丈夫なのかと不安に駆られる毎日だ。  元々サヤカはそういったものによく興味を持っていた。二人で出かけていた時も玩具売り場に行っては、魔法のステッキやなりきりの着替えセットをねだってきたものだ。ステッキはともかく、なりきりセットは流石に買ってやれなかったが。  毎日家に帰ると、録画したお気に入りのアニメの音楽が流れてくるのは日常茶飯事だった。エンディングの振り付けや、キャラクターのセリフ、ポーズにいたるまでしっかりと覚えていたし、買ってやれなかった衣装も、ともすれば自分で作ろうとするんじゃないか、というほどのハマりようだった。尤も、それらも「本物」になってからは、興味が失せたのかあまり見なくなったようだが。  ここ最近、奇妙な出来事が起きていることは知っていた。突然道路に大きな穴が開いたり、街にいた住民が一斉に昏倒したり。そしてそういったことに前後して、必ずといっていいほど、サヤカは一時的に行方しれずになっている。おそらくは、なにかしらの「敵」と戦っているのだろう。家族で遊園地など外に遊びに行ったときに、突然いなくなっては、あちこちに擦り傷を作って帰ってくることもある。できることならそういう危ないことはやめてほしいし、いつも通りの生活をしてくれればと思う。けれど本人が必死にこちらに事情を隠し、「なんでもない、何でもないよ!?」と慌ててごまかすように笑いながら、下手な言い訳と共に私の手を握るところを見ていると、その健気な姿には到底何も言えないのだ。  それに何より、サヤカは明らかに、魔法少女になってから明るくなった。元々内向的なところがあり、以前はどこか退屈そうな顔を見せることが多かったが、魔法少女としての活動が彼女に新鮮味を与えているのか、あるいはそういった「敵」に対しての攻撃が、いいストレス解消になっているのか、ここ最近は輪をかけて人生が楽しそうであった。やり込める事がある、というのは、やはりいいことなのかもしれない。  片づけを終えるのと前後して、風呂場のほうからまた強い光が出た。どうやら無事爪切りを見つけ、変身したらしい。せめて怪我をしないように気をつけなさい、と激励を送りたいところだが、本人が隠そうとしている以上、そういった言葉をかけることもできず、ただ風呂場の窓から外へと飛び出して行く様子を思い浮かべ、こっそり応援することしかできなかった。  ほかの部屋も片付けねばと廊下に出たところで、バタン、とドアが開く。どうやら恵子が帰ってきたらしい。ただいま、と言いながらバッグをおろす姿が見える。 「おかえり、サヤカはついさっき出かけたよ。多分夜までは戻らないんじゃないか?」 「また?別にいいけど、こんな夕方から何しに行くのかしら……」  秘密が苦手なサヤカの正体を家の中で私しか知らないのは、ひとえに私がこうしてごまかしを手伝っているからだと思う。いや、勘のいい恵子の事だから、ひょっとしたら彼女もしっかり気づいているのかもしれないが。  それでも首をひねりつつも、既に珍しいものではなくなりつつあるサヤカの奇行に納得してくれた。素直に話してやれないことを心の中ですまない、と謝りながら、部屋へと入っていく恵子を見送る。成長期ということもあるのだろうか、ほんの数日見ないだけで、その身長はまたぐんと伸びた気がする。陸上部に入って運動をしていることも関係あるのかもしれない。 「しかし……」  開けっ放しのドアを閉めようとしながら、ふと見えた夕焼けに向かってひとり呟く。彼女のやることを応援しようと決めた以上、今更文句や不満を言うつもりもないが、それでも何故、とは思わずにはいられない。 「何故娘でなく、今年四十になろうという妻が魔法少女になったのだろうか……一緒に見ていた娘はとっくにそういうのは卒業して、陸上と受験に専念しているというのに……」  あるいは、だからこそ、なのかもしれないが。
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