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君のお父さんが僕の担任だったことは知らないだろう。
十年前の君へ。よくぞ僕の前に姿をあらわしてくれた。ありがとう。
高校生だった僕が、スーパーで君を見かけたのが始まりだった。
遠目でも、君のお父さんにはすぐ気づいたよ。そばには締まりなく口を開け、ぼんやりと立つ君がいた。
とっかえひっかえ、お母さんは君にランドセルを背負わせていた。黒か紺か、最後まで色を迷っていたお母さんに、君のお父さんは黒にするよう命じていた。えらそうな仕草は学校にいるときと同じだった。
君を見た瞬間、僕は期待を寄せるのがおかしいほど小さな確率に賭けた。
あいつみたいな教員に目をつけられた生徒を助けたい、と君に向けるのとは真逆の思いで僕は教師の道を選んだ。
あいつとは、そう、君のお父さんのことだ。
担任の力は絶大だ。それは自分が中三のときに思い知った。いや、正確には高校受験のときか。
僕は第一志望だった公立高校を落ちた。
嘘だろうと思った。
偏差値から言えばなんの問題もない高校を選んでいたし、入試では手ごたえがあった。だのに不合格。
僕には親が母しかいない。君のように親といっしょにランドセルを選びにいった記憶もない。親戚のおふるだった。貧しかったんだ。
後に知ったことだけど、君のお父さんは僕の母に言い寄っていた。子供の内申書を良く書いてもらいたければホテルにつきあえ、と。公立に落ちると困るだろう、と。
母は高潔な人だからもちろん断わった。それで僕を目の敵にして、内申点を下げるだけ下げたのが、君のお父さんだ。
教師となって初めての赴任先を聞いたとき、僕は運命を感じた。なぜなら、そこには君がいたから。
そして、僕は中三の担任となった。学力不足に加え、親があれこれ注文をつけてくる問題児として、誰もが面倒をみるのを嫌がった君を僕が受け持ったのは言うまでもない。
賭けに勝った瞬間だった。
もう一度言おう。担任の力は絶大だ。
君へのひどいイジメは見て見ぬふりをし、低迷する学力は放置、もちろん内申書にはできる限りのマイナス評価をつける。
ところが君は、やればできる子だったんだね。
まさかここまでのことをやり遂げるだなんて。
僕はスケールの小さな人間だよ。君の進学を妨害するていどの復讐しか思いつかなかったのだから。
焼香のあいだ、僕の肩はこみ上げる笑いでふるえていた。どうしてもとめることができない。
だがいい。はた目には、生徒の自殺に嘆く教師に見えるだろうから。
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