愛しのクソガキ

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「うるええんだよ! 入ってくんな、クソババア!」 「誰が、ババアだ! お前のことなんて、産みたくなんてなかったよ!」  ドア越しに繰り広げられる親子の口喧嘩。何を思ったのか、10歳になったばかりの私の息子は、お昼時になって台所を占拠しやがった。こちとら仕事中、昼飯を食いに帰って来る旦那のために飯を作らなきゃいけないのに迷惑な話だ。 「誰が産んで欲しいって言ったよ! このババア!!」 「誰がババアだ! このクソガキ!!」  旦那の帰宅時間が迫っているというのに、我が家のクソガキは台所の所有権を私に譲ろうとしない。本当に可愛くない息子だ。宿題やってないことを怒ったら、うるせえババアと私を怒鳴りつけて、台所に籠ってしまうのだから。そうすれば、私が困ると踏んでのことだろう。悪知恵だけは学んでやがる。  はあ、赤ちゃんの本当に可愛かったのになあ。なんでこんなにクソガキに成長したんだろうか。  なんで私は、可愛いはずの我が子をクソガキ呼ばわりしてるんだろうか。  この子を産んでしばらくたったときも、夜泣きがひどくてクソガキだと思ったことがある。でも、そのときはこの子のとびっきりの笑顔を見て、本当に涙が出そうになった。  クソガキとか我が子のことを思っちゃう私に、この子は屈託のない笑顔を見せてくれたのだ。本当に申し訳ない気分でいっぱいだった。 「おい! 開けるぞ! バ……母ちゃん!」  ドア越しに、上擦った息子の声が聞こえる。そこババアでいいぞ、なんで母ちゃん言い直すんだ。そんなことを考えているとドアが開き、気まずそうな息子の顔がこちらを見あげてきた。 「その……飯、作ったから……。今日さ、父の日じゃん……その、宿題のお詫びとか……ババアとかごめん……」  私から顔を逸らし、息子は呟くように言葉を吐く。そんな息子をドアの隙間から引きずり出して、私は力強く抱きしめていた。 「あー、産みたくなかったんて嘘、ごめん。それに剛はクソガキじゃない……」 「やめろよ、ババア! 父ちゃんが帰ってくる!!」  息子の言葉に涙腺が緩みそうになる。嫌がる息子を私はなおも強く抱きしめていた。なんで家の息子はこんなツンデレに育ったかな。 「ほら。離せよ!」 「ごめん……お前、本当にいい子だよ。私の子じゃないよ」 「いや、だったら誰の子だよ? ほら、よそるの手伝ってよ、母ちゃん」  会話を交わしながら、私たちは笑う。息子が私の手を引く。私は息子と共に、台所へと足を運んでいた。
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