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飼い猫を迎えて十年になった。我が家の飼い猫は十年前、夏の暑い時期に木陰に捨てられていた。身体より深い段ボールから出られず、目も耳も開いていない子猫たちはよじよじと手足を動かしていたらしい。見つけたのは、先週亡くなったばかりの祖父だった。
祖父は古風な人間だった。ぶすくれた顔を祖母に向け、「ん」と湯呑を差し出せばお茶が出てくることに何の疑問も抱いていなかった。ただ、この日だけは、祖父の様子はまるで違っていた。持っていったはずの杖をどこかに放り出して、段ボールを抱えてきた祖父の腰は、若い頃のように真っ直ぐだったそうだ。帰ってくるなり子猫たちを一匹一匹タオルで拭き、浅い皿に牛乳を入れてやった。しかし目の見えない子猫が気づくはずもなく、ただか細く鳴くばかり。祖父はそれを見とめると、指に牛乳を付け、子猫の口元に持っていった。小さな口へ、何度も、何度も。祖父は子猫たちの動きがあまりに覚束なかったため、命の危険を感じていたらしい。その日は玄関で一晩中付き添っていた。
そうして奇跡的に生き残った子猫たちの内、一匹がこの飼い猫だ。祖父は大層可愛がり、飼い猫もまた祖父を主と認め、いつも側で丸まっていた。
その祖父が何と飼い猫への手紙を書いていた。遺品整理をしていて見つけたのだ。勝手に見るのも悪いと思ったが、飼い猫に届けてやらなければ仕方がないような気もして、私は〈ミケへ〉と書かれた封を開けた。丁寧に糊付けされた白い長三封筒。中の便箋も真っ白で、縦に伸びる罫線いっぱいに祖父の筆文字が並んでいた。
「ミケへ」
「お前を拾った時、明日には死んでいるかもしれないと思うと布団に入れなかった。隆が生まれた時、美香が生まれた時もそうだったから、俺は案外小心者なのかもしれんな」
「もうお前も十歳になる。あっちに時間があるのかは分からんが、十年と待たずに会えるだろう。だから、それまでこっちでしっかりやれ」
「十歳になったとはいえ、お前は男だ。俺の代わりに、梅子を頼む。隆は仕事だし、美香だって勉強がある。いつも家にいるのはお前だけだ」
「お前は猫だから、何もしなくて良い。ただ、梅子のそばを離れるな。あいつは泣き虫だから、お前も一緒に鳴いてやってくれ」
「最後に。何となくの約束だが、十年後、あっちでな。要三」
いつの間にか私の足元にやってきていたミケが、なあんと声を上げた。
私も、祖母に負けず劣らず泣き虫だ。
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