6人が本棚に入れています
本棚に追加
近所を散歩している時のことだ。
10年前の君がいた。
僕と交際を始めた頃の、君だ。
夫の僕が思わずそう見間違えるほど、少女は君の高校生の頃に似ていた。
世の中にはそっくりさんが3人はいる、と言うけれど本当だ。
驚きのあまり見つめていると、少女は目を丸くした。
妻に似ているから……
なんて、言えるわけがない。
妻帯者のくせに女子高生をナンパしている、としか見えないだろう。
神のはからいか、悪魔のいたずらか。
少女は僕に話しかけてきた。
「あの、この近所の方ですよね?」
はい、そうですが……
そう答えたものの、初対面のはずだ。
少女は僕の名前を知っていた。
「ご結婚されていますよね」
ええ、まあ。高校の同級生なんですけどね……
少女は妻のことも知っていた。
「実は、いとこなんです」
え? そうなんだ……
やっぱり、赤の他人ではなかった。
妻は家にいるけど、遊びに来る? ……
これもまた、誤解されやすい発言だ。
少女は目を細めて首を横にふった。
「それよりもお願いがあって」
散歩中だから、お財布は持ってないよ……
僕は手ぶらだった。
スマホがあるから、コンビニくらいなら大丈夫だけど。
「隣町の植物園って行ったことありますか」
君のいとこと何回か行ったな……
妻との思い出の場所のひとつだ。
「実は明日、友達と行くんですけど。私、初めてなので」
なるほど。友達って、男の子? ……
色白の頬が、うっすら色づいた。
僕と少女はバスに乗って、3つ目の停留所へ。
妻へはSNSを送っておいたから、帰っていきなり修羅場にはならないだろう。
植物園に来たのは、何年ぶりだろうか。
結婚して以来だから、5年は経っているはずだ。
「アジサイがいっぱいですね」
6月だからね。ナデシコとかも咲いてるよ……
これは妻に教えてもらったことだっけ。
懐かしさを味わいながら、園内をひととおり見て回った。
最後に甘味茶屋でひと休みして帰ることになった。
「おすすめってありますか」
僕はくずもちが好きだけど、女の子はあんみつかな……
お会計のときに、とんだ恥をかいた。
甘味茶屋は今どき、キャッシュレス対応ではなかった。
「私が払います。いろいろ教えてもらったので」
今度、うちに遊びに来て。そのとき返すから……
「その分は、奥様にどうぞ」
言うなり、少女は消えてしまった。
バスを降りると、妻からSNSが届いた。
「今日はありがとう」のメッセージ。
お礼に今度、10年後の君と行くことにするよ……
僕は少女に向けて、返信した。
最初のコメントを投稿しよう!