18人が本棚に入れています
本棚に追加
「セーンセ」
放課後の廊下、誰もいないと思って覗いた教室。
窓際の席に座った中村悠里が微笑んでオレに手を振る。
「さっき帰って行かなかったか?」
友達数人と校門を出ていくのを見たような気がしたけれど。
「忘れ物しちゃって」
そう言って机の中に置き勉していた教科書をカバンに入れた。
中村はクラスの中じゃ割と大人びた顔立ちをしてはいたが、今日は特に窓からの光の加減か大人びて見えた。
「早く帰れよ、明日からテストだし」
そう声だけかけて踵を返そうとすると。
「センセ、待ってよ! お願いがあんの」
「は?」
口のきき方に少々苛つきながら、足を止めもう一度中村を見ると。
「10年後の私、割とイイ女になってる」
微笑んで立ち上がりオレに近づいてくる。
突拍子もないそれに首を傾げると。
「5年後に偶然出会ったらまた声をかけるから! 約束だよ」
一瞬泣き笑いしてるような中村の表情が憂いを帯びていて高校生には見えないほどの艶さえもあって、ドキリとしたけれど。
「中村、どうした?何か悩みでも」
勉強のしすぎで頭がやられたのか?!
今日の中村は何かがおかしい。
「迷うなら私を選んで」
「中村?」
「忘れないで、待ってるから」
そう言ってオレの元にゆっくりと歩いてきて背伸びをして。
「!!!!!」
黒目がちな中村の目が細くなって微笑んだそれがドアップとなり唇を掠める温度。
「さよなら、センセ! また、いつか」
その声に我に返り振り返った先にも飛び出した廊下にももう誰もいなかった。
「中村?」
狐につままれたような不可解な出来事に背筋が凍りそうになったけど、唇に残る柔らかな感触と温度は本物だった、はず……。
翌日、中村が「先生、置いてたはずの教科書がないんです」と職員室にやってきて。
昨日のことを何も言わない彼女にオレも何も聞けなかった。
だからあれはきっと白日夢だったんじゃないかってずっと思ってたんだ。
5年前、悠里と再会した、本当に偶然だった。
彼女と付き合うようになったのは2年前、それから1年半の後。
校長からの紹介じゃ断りきれなかった見合いをした。
迷ってた、ずっと、悠里とその女性の間で。
昨日、悠里の部屋で見つけたのは、高校の時の制服とあの時彼女が無くしたと言っていた教科書。
ああ、そうか、と全てがストンと心に落ちてきて。
「悠里、結婚しよか?」
オレのその言葉に微笑んで。
「ずっと待ってた」
泣き出すのはあの時のキミ。
10年前の僕に助けを求めたキミを抱きしめた。
最初のコメントを投稿しよう!