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今日は、僕の大好きな杏里が、この家で過ごす最後の一日。
「杏里ー! 自分の部屋の荷物はもうまとめたの? 明日になってから慌てないでよね」
「まとめたってば! もう、お母さんは心配性なんだから」
明日から杏里は実家を出て婚約者と同じ家に住む。相手は、杏里の高校時代の同級生。片想い期三年、交際期間七年の計十年間にも及ぶ大恋愛の末のゴールイン。
その成り行きの全てを、僕はこの世界の誰よりも知っている。口下手を自称する杏里は、僕の前でだけは饒舌だったから。
『今日はなんとN君と会話をした! 一言だったけど夢みたい!』
十年前、出会ったばかりの頃、君はなんて赤裸々に自分の恋心を打ち明ける子なのだろうと度肝を抜かれたっけ。君の話は主にNの話ばかりだった。しかも、奥手な君と鈍感なNとの恋は遅々として進まず、話を聞いている身としては何度もやきもきさせられた。
でも、可愛い君の話を聞くのは、僕の何よりの楽しみでもあった。
きっと僕は、Nよりも杏里に詳しい。今まで、誰よりも杏里の近くで、杏里の想いの全てを受け止めてきたのは僕だから。
でも、そんな幸せな日々も、今日でもう終わり。
これから始まる君の新生活に、僕は要らないから。
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