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「──残念だな」
ドキッとした。一瞬で跳ね上がった心拍数を隠しながら、聞き返す。
「……何が?」
「いや、このタバコの銘柄、好きだったんだよな。今度なくなるらしくてさ」
窓際で気だるげに、メビウス何たらとかいうタバコを吸っていた彼は、ひらりとタバコの箱を振って見せる。
「~~っ! 十年付き合った彼女と別れた後に言う言葉がそれか! 死ね!」
手元にあった灰皿を投げつけながら叫んだその言葉が、私が元カレと話した最後の言葉になった。
その三ヶ月後に、元カレは死んだ。
私は知らなかったが、彼はずっと前から治らない病気を患っていたらしい。私と別れたのも、私が傷つかないようにする為だった。
人づてにそれを聞いたその足で会いに行った彼の家族は、そう言った。それを聞いた時、私は酷く後悔をした。
その日、陳腐で大きな絶望を抱えた私に、彼の家族が渡したのは一枚の手紙だった。私がもし来たら渡すよう言われていたというその手紙には、「十年後にここを掘れ」という素っ気ない文字と共に、近くの公園の図が書かれていた。
それから十年間、その言葉だけが私の生きる意味だった。
「は……」
だから、それを掘り起こした時、思わずそんな声を発してしまったのも無理はないと思う。
彼が死んで丁度十年後。
公園から掘り起こした箱にポツンと入れられていたのは、彼のよく吸っていたタバコの箱だった。
しかも、その裏には、
「これが一生吸えないの人生損してるから、特別にやる」
なんて文が添えられていたのだからふざけている。
バカなんじゃないかと思った。死んで十年ぶりに言う言葉がそれなのか。もっと普通、他にあるだろう。
それを見た時、私は気が抜けて久しぶりに大声で笑ってしまった。
涙が出るほど笑った後、まだ箱の底に何か書いてあることに気が付く。
それを読んだ時、私が最初に思ったのは、そういえば「メビウスの輪」なんて言葉があったな、みたいなことだった。
そこには彼の素っ気ない文字で「また十年後に掘れよ」と別の場所が示されていた。
無限ループは恐ろしい。
既に十年待ってしまった時点で、私は彼のメビウスの輪に取り込まれてしまったらしかった。だって、十年も経てば絶望だって保てない。
きっと、十年後そこを掘ったってろくなことは書いてないんだろうし、入ってるのはいつものタバコの箱なんだろう。そんな数百円で私の笑いが毎回取れると思わないで欲しい。
でも、きっと私は十年待ってしまうし、また笑う。
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