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週末だけど予定がないから断捨離をする
……そういえば「断捨離」って、いつからある言葉なんだろう?
舞花は掃除を中断して、スマートフォンに触った。
検索すれば、1分もかからず情報にありつく。この現代社会の便利さと、ひとり暮らしであることが、土曜の掃除がすすまない理由だ。
どうやら「断捨離」は2010年の流行語大賞らしい。10年前の流行語は、ぞっとするほどの死語もあれば、そうでないものもある。
「『リア充』もこの時代か」
舞花はダークブラウンの髪を耳にかけ、ひとり呟いた。
断捨離とリア充、どっちが死語? などと考えながら、表面が劣化したアクセサリーケースを開ける。ぼろぼろの合皮ケースの中には、クローバーモチーフのネックレスや、小粒の宝石がついたピンキーリングが眠っていた。
30歳の舞花から見れば、幼いデザインのものばかり。
見るだけで、懐かしさが喉につかえる。
アクセサリーを愛用していた10年前。舞花は「リア充」だった。
大学に通い、友達と川辺で花火をあげて、恋人からアクセサリーをもらっていた。好きなひと達に囲まれれば、なんでもできる気がしていた。
……10年前の自分に教えてやりたい。隣のそいつと別れるよって。くっついたり離れたりを繰り返したあげく、破局するよって。
舞花は黒ずんだシルバーアクセサリーを見つめ、ため息をついた。
そして断捨離に戻った。
交際はじめに綴っていた日記帳は、地獄そのものだった。
「『10年後も20年後も一緒にいたい』て、なんだ私」と毒を吐きながら、シュレッダーにかけた。
失恋直後に書いた非公開の日記アプリは、さらなる地獄だった。どうして恋はひとをイケてない詩人にするのか。目をつぶって削除するしかなかった。
掃除は日曜の朝には終わりを迎えた。
すっきり片づいた部屋に、ラベンダーオイルの香りが染みわたる。
舞花がグラスにアイスコーヒーを注いでいると、スマートフォンが震えた。
《やっぱり未練があります》
舞花が9年つきあった彼からだった。
……こういうとこだ。こういうとこがもう嫌だ。ひとが決心した矢先に、水を差してくるようなところ。
コーヒーの中で氷が溶け、からんと音を立てた。
《私はもうありません》
短いメッセージを打ち込むのに10分もかかった。体感では、10年。
もう思い出すだけでいい相手だ。
この部屋には新しいひとを迎え入れるんだ。
次の10年後も一緒にいられるひとを。
まだ感傷的になっているなと思いつつ、舞花はコーヒーを飲み干した。
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