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「ねえ、もし10年前の自分に話しかけられるとしたら、何て言いたい?」
日曜日の晴れた昼下がり、大通りに面した喫茶店の窓際の席。昼ご飯を済ませて食後のコーヒーを待つ間、目の前の君が淡く差し込む日の光を横顔に受けながら僕に話しかける。彼女の表情はいつもより心なしか、穏やかに見えた。
「なに、急に。10年前って僕たち、高校生だよね?」
うん、と頷くと、彼女の柔らかく茶色に染めたショートの髪が揺れる。僕は見惚れそうになるのを堪えて、会話を続けた。
「そうだなあ、高校生の自分なんて今に比べたら何も考えてなかったから、もっと真剣に人生のこと考えろよって、喝を入れてやりたいね」
「ふふ、そうなの?優也の高校時代、しっかりしてそうだけど」
実際、後悔は多かった。時間があるうちにやっておくべきことは、たくさんあるのだ。
「そんなことないんだって。沙絵はどうなんだよ、過去の自分に言いたいこと、何かあるの」
「あるよ。自分をもっと大切にしなさい、って」
「はあ?何それ、沙絵そんなに学生時代、無茶してたの?」
「無茶じゃないけど、しなくていい回り道は、たくさんしたから」
そう言う彼女の表情は相変わらず穏やかで、後悔の念があるようには見えなかった。
「人を好きになるって気持ちがよく分からなくて、恋愛の真似事みたいなことしたり、みんながしてるからってしたくもないことしてみたり」
色々突っ込みたい気もするが、聞いたら聞いたで後悔しそうなので黙っていることにする。
「でも、今ならわかるけど、そんなこと全部、する必要なかったんだよ。…10年後、あなたに会えるんだから」
僕はその瞬間、どんな表情をしていたのだろう。彼女のど直球な物言いに、恥ずかしながら隠す間もなく赤面していたと思う。
「な、何を言い出すかと思えば…」
「ちょっと機嫌がいいからね、私。こんなこと言うの、今だけだから」
どうやら彼女は、何度も重ねてきた結婚式の打ち合わせを今日ようやく終えられて、気を良くしているようだった。打ち合わせは話に聞いていた通り大変だったが、普段は少々キツい性格の彼女のこんな顔を見られるなら、全部帳消しである。
10年前の僕たちの物語に、お互いの登場シーンはない。しかし10年後の僕たちは、同じ物語を生きているだろうか。
10年後の僕に話しかけるとしたら。
「なあ、隣にいる彼女を、絶対に手放すなよ」
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