やまびこ

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荒れ狂う吹雪の山。一寸先も霞んで見えない。それでも俺たちは進み続けた。もうどれくらい歩いただろうか。既に隊員のひとりは、足を滑らせて純白の彼方へ消えていった。他の隊員も、凍りついた道にアイゼンも無しなので、いつ次の犠牲者が出てもおかしくない状況だった。皆を勇気づけようと先頭から叫ぶ隊長の声も、寒さにかじかんで弱々しかった。どうしてこんなことになってしまったのか。元凶は、今から10年前に遡る。 10年前の今日。俺たちは北アルプスの隠れた霊峰、通称「やまびこ山」に挑戦した。この山には奇妙な噂があり、俺たちはそれに興味を持ったのだ。 噂とは、こんな話だ。 1914年7月8日、松村新右衛門という登山家が、まだ名も無かったこの山を人類で初めて登頂した。後に彼が書いた本の中で、 『頂上にたどり着いた時、私は喜びのあまり叫んだが、こだまは一切返ってこなかった』 と語った。以来、数々の登山家がこの山に挑むようになった。そして10年が経ったある日のこと。偶然その日登頂を果たした登山家グループが、はるか彼方から響く声を聞いたという。 『1914年7月8日、松村新右衛門!ここに登頂せり!』 その日は1924年7月8日であった。 以来やまびこ山と呼ばれるようになったこの山を登った俺たちは、タイムエコーと称して、各々10年後の自分へのメッセージを叫んだのだ。 だが、俺たちはあまりにもオジサンだった。10年前のことなどすっかり忘れており、俺が今朝たまたまメモを発見し、今日が「その日」だったことを思い出し、慌てて皆を集めて、そのままろくに準備もせずに山へ向かったのだった。 何時間、歩いただろう。 「おい、みんな!頂上が見えたぞ!」 隊長の声が響いた。その言葉が気休めの嘘でないことは、希望に満ちた声色から伺えた。俺たちは足の疲れも忘れて、跳び上がって喜んだ。俺は叫んだ。 「隊長!頂上まであと何メートルだ!」 「もう100メートルもないはずだ!」 「そうか!やったな!」 「ああ!……待て、何か聞こえる!みんな静かに!」 はしゃいでいたオジサン一行が黙る。耳を傾けると、確かに声が聞こえる。これは……隊長の声?にしては若々しいような……。 若き隊長の声は言葉にならぬまま消えていった。 俺たちは一斉に走り出した。一足遅かった! 後藤の声が飛来して消えた。 桜木の声が飛来して消えた。 俺の声が。 頂上は目前。 ーぅー    ーをー         ーますかあああぁぁぁーー 消えた。
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