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忘れじの10年を
忘れられない日がある。
メモリに深く焼き付いて、どれだけメンテナンスをしようと薄れない記憶だ。
カツカツと空虚な音を響かせて地下への階段を下り、数度瞬きを繰り返す。視界が黒に染まる度に、あの人の柔和な笑顔が再生された。
私に向けられていた確かな愛情。機械に愛を与えるなんて、今思えば滑稽な話だが、お人好しで誰にでも優しいあの人ならば納得がいく。
ズラリと並ぶ薬品タンクを一瞥しつつ、ライトグリーンの照明に包まれた実験室の奥へと進んでいく。起動したままの薬品タンクには、未だ放置されたままの人工生命体や、形を保てなくなった何かの欠片が揺蕩っていた。
私もああなれば楽だったのにな、とらしくもなく思いながら嘆息する。そのまま歩を進めていけば、目的地に到達した。最奥にある巨大な装置だ。
否、恐ろしく冷たく、それでいて神聖でどこか懐かしい雰囲気を醸し出す玉座だ。
「おはようございます、マスター」
透明なカプセルに包まれた玉座に腰掛けた、端麗であどけない顔の青年に声をかける。氷の中で永遠に眠る彼が返事をすることはもちろんない。
「あれから、十年ですね。貴方が眠りについてから十年……早いものです」
カプセルに触れて薄らと微笑む。いつしか、自然な笑い方もできるようになった。最初はぎこちなく、顔のパーツだけを動かすのは難儀なものだったのに。
皮肉にも、マスターの死が私の心をさらに豊かにさせたのだ。失って初めてその大切さに気づくだなんて人間は言うけれど、本当にその通りだ。
「マスター、また、私とお話してください。その為ならば、何だってしますから。……私と一緒に、遠い星に行こうって、言ってましたもんね」
あどけない瞳に宇宙の煌めきを散らして語った夢を覚えている。急死したマスターがそれを叶えることはなかったけれど、夢を受け継いだ私が叶えることはできる。
私はマスターが最も愛した機械。あの日、心を与えられたから、私は今も動き続けている。
だから、この心を使って、私と彼の願いを叶えようと思う。
「……十年後、再び貴方と会えることを願って」
さぁ、遠き日に思いを馳せて過去へと意識を飛ばそう。人智を超えた禁忌も、愛する人の為ならば犯してみせよう。
忘れられない日がある。
私の世界から、光が消えた時のこと。そして、私に心が生まれた日のこと。
『今』を捨てて、新たな『現在』を。
どうか、十年後に再び笑いあえますように。
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