一喜一憂

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 思い出の作品には、トイレの香りが混じっている。  【結果発表】  その字を見た時、背筋がぴんと伸びた。真っ先に頭を過ぎった、「落選」の二文字。いつの間にか止めていた息が、一気に溢れ出す。  一度だけ受賞した事があったから、その時にはメールが来る事は知っていた。つまりメールが来ないままサイトにコンテストの発表がなされるという事は……。  ただその時の私は、まだ希望にしがみついていたかった。大丈夫、携帯はまだ見ていない。まだ落選とは決まった訳じゃない、そうだよ……。    結果発表のページを開く。見覚えのある表紙や知り馴染んだ作家さんの名前がずらりと並んでいる。でもその中に、誰よりも見てきた表紙も、誰よりも知っている作家の名前も載っていない。  またか、と思ったが、言葉にするのは怖くて喉の奥に押し込んだ。苦い味がしたけど、知らないふりをした。  入賞した作家さんにお祝いのコメントを送ろうと、キーボードに手を置く。  指が、動かなかった。小刻みに震えるばかりで言う事を聞かない。目の前が霞んで来たのに気付いて、慌てて立ち上がりリビングを飛び出した。  小さい頃から、泣きたくなる時はトイレに駆け込むしかなかった。二十歳が近付いた今も自分の部屋がない私には未だ選択肢がない。人前で泣きたくないというつまらない意地だけが健在だった。  しかしこうやってこそこそ泣くのは、もう数年ぶりの事だった。
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