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あなたを忘れるための旅
今から私は、10年前のあなたに会いに行きます。
戻ってきた私には『あなた』が誰だかわからなくなっているでしょう。私は、あなたを忘れるために行くからです。
なんのために行ったのか、戻ってきた私にわかるように書き残しておきます。たとえ実感がなくても、必要があってのことだとわかるように。
なにせ、10年ツアーは、生涯で一度しか使えないのですから、私も納得したいはずです。
思えば、私の一目惚れでした。
出会った日、あなたはとても頼りがいのある男性にみえました。目の前で起こった悲惨な事故にすばやく対処し、警察や救急へ連絡をいれていました。気が動転してその場に座り込んだ私を介抱してくれました。
どうしてもお礼をしたいと言って、私はあなたを誘いました。
数日後には食事をし、週末には付き合い始めました。
心から運命だと感じました。
あなたの力強い腕に初めて抱きしめられたとき、私はそのまま自分が溶けてしまうかもしれないとさえ思いました。
最初にくれたプレゼントはピアスでした。
出張先について行った事もあります。
何かと時間を作って私の部屋に通ってくれましたし、ベッドでは、よく「愛している」と囁いてくれました。
クリスマスなどは一緒に過ごせなかったけれど、私の誕生日には必ず理由をつくって朝まで一緒にいてくれました。
あなたと過ごした10年、私は幸せになれる日を夢見て待ち続けました。
でも疲れたのです。
あなたと出会わない。そんな人生を歩みたくなったのです。
あの日、私を介抱してくれたのがあなたでなければ、恋に落ちることもありません。
時間もはっきり覚えています。
事故現場には大きなからくり時計があって、正午を知らせていました。
あなたと出会う数分前のあの場所へ。10年ツアーをその時間に決めたのは今から3年以上前のことです。
やっと私はあなたから解放されます。
手紙を預けてから私は10年転送装置の中に入った。
事前申込みで過去を選択していたからだろう。未来のボタンは点灯していなかった。私は気にせず過去を押した。未来はみなくてもわかる。絶対に幸せになっている。
装置が作動するとすぐに暗闇に放り出された。
こえる時間はちょうど10年。行き先は指定した場所。誤差は数メートル以内。
突如、強い光に包まれた。
目の前に大型トラックがあった。体に強い衝撃が走る。
宙を舞いながら、あの頃読んだ記事を思い出していた。
正午の死亡事故。
犠牲者の身元は不明。
<了>
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