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「先生、僕の行きたい学校はそこじゃない」
高1の巴正高は、まだ幼さの残る顔で異を唱えた。
「だけど、お前ンちの親はいいって言ってたぞ」
巴から提出された進路希望調査の書類を机に置いた。
「親と話さないで、僕と話してくださいよ」
もっともだ。
「じゃあ、話そう。どこに行きたい?」
「僕の成績で行けるところ」
「……今この時、俺はお前と話す意味はあったのだろうか?」
即答した巴に、樋口は困惑した。
「そもそも入学したての15の子に自分の将来を決めろっていうのがムリな話じゃないですか? 僕、4年前までは小学生だったんですよ」
「ちなみに、その時の将来の夢は?」
「宇宙飛行士」
「よし。お前、JAXAに行け。はい、次の人ー!」
突然、次の生徒を呼び出そうとする樋口に
「ちょっと待ってくださいよ。行けるわけないでしょ? 僕の成績で」
巴がまだ終われないと引き留めた。
「お前……、進路相談の貴重な時間をなんと心得ている? 俺はこの後5人の生徒と話さねばならんのだ」
「そうは言っても、僕の問題が片付いていませんよ。大体、小学生まで散々できもしない夢を見させておいて、高校で現実を突き付ける方がどうかしてますよ」
「できもしない夢って? 決めつけるなよ」
樋口がこれまでにない爽やかな顔をしてみせた。
きっと本人は、某八先生っぽく微笑んでいるつもりなんだろう。
「友達は総理大臣とかアイドルとか書いてましたけど」
とりあえず、一度でいい。
興味本位で、巴の小学校時代のアルバムを見てみたい。
一体、どんな「夢」と書いて「ドリーム」と読むものが羅列しているのだろう。
「ど、努力すれば……」
明らかに返答に困った樋口の顔から、先ほどの某八先生並のいい笑顔は消えた。
「見果てぬ夢の文句は小学校に言え。高校教師の俺に言うのは筋違いだ。はい、次の人ー!」
もはや某八先生でもない。
巴に
(「やっつけ仕事」って、こういうのを言うんだろうな)
と身をもって「反面教師」という言葉を理解させていた。
「僕、どうしたらいいんですか?」
路頭に迷う哀れな巴少年が進路担当教師に指示を仰いだ。
「とりあえず、今、お前がいいと思う方を選べ。成績に見合った所もよし、JAXA狙うもよし。親のOK出した所でもよし」
「そんな、いい加減な」
「いいんだよ。十年後なんて、何が起きて何が価値あるかなんて誰も分からないんだから。だったら、少しでも自分が後悔しない方を選んでおいた方がいいんじゃないか?」
「……先生」
巴少年は思った。
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