十年早い

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十年早い

 刑事が殺人・自殺の現場に入って、あれこれ言いながら捜査する――なんていうのは、刑事ドラマの中だけの話である。  事件現場は、証拠の宝庫。いくら警察官であったとはいえ、そう簡単に踏み込んで証拠品を踏み荒らされてはたまったものではない。当然、踏み入ることができるとしたら、鑑識がしっかり現場を探って、証拠となるものを集めきってからということになる。そしてその場合も、しばらくは決まった“道”以外を通ることはできない。リアルの警察の捜査なんていうものは、結局のところドラマと違って地味なものなのである。  そう、実際担当刑事である俺も。鑑識から上がってきた証拠のデータや写真をパソコンで睨みながら、ため息をついているわけで。 「これ!ドラマで見たことあります。典型的な自殺ってやつですよね!」  一体何がどうしてこいつを刑事にしてしまったのか。そう思うほど頭空っぽな新人の後輩は、写真を見ながらキラキラとした顔で告げた。  それは、最近起きた転落死事件の現場である。ビルの屋上に、遺書と靴が残されており、その真下で会社員の男性が転落死していたという事件だ。  俺は呆れ果てた。何をどうしたら、この現場で“自殺”なんて考え方ができるのだろう? 「お前は馬鹿か。何で自殺するのに靴脱がないといけないんだよ。飛び降りるにはこの錆だらけの柵を乗り越えないといけないんだぞ。こんなとこ、今から死ぬ人間だとしても……靴下で登りたいわけがあるか」 「あ」 「そもそも本当に靴脱いで本人が登ったなら、靴下に錆が大量に付着してる。それが無かった上、錆がスーツの方に付着しまくってたってことは……誰かに気絶させられて投げ落とされたってことだろうよ」  だが、いくつか疑問点もある。こんなこと、少し鑑識が調べればわかるのだ。偽の遺書を残し、靴を脱がし、一体何のために自殺を装ったのか。すぐにバレる偽装工作を、一体何のために。 ――犯人は。俺達に、自分と被害者のことを……細かく調べて、知ってほしいのか?
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