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初めて彼氏にフラれた辛い、と嘆く高1の美空に、母の喜美は言った。
「忘却ボックスを作ってみない?」
「何それ」
「昔ね、お母さんの青春時代、作ってたんだけど」
喜美は言いながら、押し入れから古びた段ボール箱を取り出した。
箱には“10年後のキミへ”と書いてある紙が貼られている。
「彼氏にフラれた、とか、友達と絶交した、とか。何かこれを見るとその人ととのことを思い出すから辛い! みたいな物を、箱に入れてしまっておくの。それで、一度入れたら10年後まで開けちゃダメ」
「それで?」
美空は興味深そうに続きを促す。
「で、10年後になったら箱を開けてみると、あの時はあんなに辛かったのに、くすぐったい思い出になってたりするのよ」
「えー、本当に?」
不満そうな美空に、喜美は台所から畳まれた段ボールを持ってくる。
「ほら、試しに入れてみたら」
美空は半信半疑といった風だったが、自室から何やら持ってきた。
「これ、初めて彼氏が奢ってくれたジュースのペットボトルのラベル。これは、一週間しか続かなかった交換日記で、こっちは、誕生日に貰ったキーホルダーで……あー、やっぱり辛い」
呻く美空をかたわらに、喜美は淡々と段ボールを組み立て、それらを中に入れていく。
「ペットボトルのラベルまで取っておくなんて、よっぽどだね。はい、完成」
未練がましく伸ばす美空の手を、喜美はぺしりと叩く。
「ダメダメ。もうしまったんだから。10年後まで、おあずけ」
美空は渋々頷き、紙に“10年後の美空へ”と書くと、半分やけ気味に貼った。
そして10年後。
美空は26歳になった。れっきとした社会人4年目だ。
土曜の午前勤務を終え、一人暮らしのアパートに帰り着く。
「ただいまー」
と言ってみても、返事はない。
しかし美空はにやけた。
あと少ししたら、「おかえり」が言える、もしくは聞けるようになる。
美空の左手の薬指がきらりと光る。
新居への引っ越し準備を今日も始めた美空は、押し入れからそれを発見した。
“10年後の美空へ”
「そういえば、こんなのあったっけ」
美空は懐かしそうに箱を開けて、中身を取り出していく。
ペットボトルのラベルを見て、くすりとふきだした。
「うん、お母さん、確かにくすぐったいわ」
美空は暮れゆく夕暮れを、目を細めて眺めた。
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