きのうのきみ

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 ちょうど夏休みの最終日だった。  がらんどうの学び舎を通りかかると、非情な日常が思い起こされて、ここを避けるよりもここから旅立った方が良いのではないかという気がしていた。  ほんの思いつき。  おあつらえ向きに設置してある非常用の外階段をのぼっていく。  トントントンと足取りだけは軽く聞こえる。  使用用途を間違えているだろうか。  いや、この階段は脱出口なのだ。  上ったその先にも、オレにしか見えない非常用の出口があるはずだ。  階段は屋上までは繋がっていなくて、三階までで終わっていた。踊り場から身を乗り出して下を覗く。ちょっと中途半端か。むしろここから飛び降りて死ねなかったことを考えるほうが怖かった。 「最大級に馬鹿にされるな」  ぽつりとつぶやくと、 「うん、そう思う」  唐突に後ろから声が聞こえた。おののいて手すりをつかんで振り返る。  同じくらいの年格好の少女が小首をかしげて立っていた。  この学校の生徒だろうか。制服を着ていないからわからない。  いや、ひょっとしてうわさの彼女だろうか。  ふわりと音も立てずにオレの隣に並んで下を覗き込んだ。 「自分の運命を試してみるのもいいけど、飛び降りなんて、やめた方がいいと思うよ」  見透かしたように彼女はいった。 「きみだって。こんなところでなにしてるの」 「ほんの思いつき」  はにかんでそう答える彼女なら、階段でも鉄塔でも無邪気に登ってしまいそうだなと、勝手に想像して笑ってしまった。 「あしたはタイムカプセルを埋める日だね」  彼女はグラウンドの向こう側にある5本の桜の木に視線を向けた。開校10周年毎に植えられたものだった。  桜の苗木と一緒にタイムカプセルを埋めるのが本校の慣わしだ。自分宛の手紙を書き、10年後に開封されることになっている。それを知ってるということは、やはりこの学校の生徒のようだ。 「オレは10年後もここにいるのかな」 「10年も経てば今のいっときなんてどうでもよくなるよ。過去も未来も全部百点満点なんて絶対ない」 「そうだけど……」 「ねぇ、お互い宛に手紙を書こうよ」 「え?」 「また10年後もここで会おう」 「10年後も生きていなくちゃならないじゃん」  だよね、と楽しそうにいう彼女のポケットにはすでに古びた手紙が突っ込まれていた。  10年後、年をとらない彼女を見つけても、約束の手紙を持ち寄ろう。  そして、いつか訪れる百点満点だった日のことを語り合いたい。
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