ありふれたlovestory

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 社会人になって、重荷と責任を背負うようになって早十年。  今日も仕事を終え、町の喧噪と灯りに包まれて帰路につく。  煌びやかなネオンが埋もれる繁華街を抜けた先に、僕のアパートがある。  仕事だって正社員だし、この度、チーフに抜擢されそうだ。  人生は順調、好調、時々失敗もあって、波乱万丈。  だけどね。やっぱりいつも考えてしまうんだ。   「それだけ恵まれていて、まだ何か足りないの?」  裕子が覗き込むように、僕の顔を見た。 「……ん、足りないっていうか、ね」  最近は急がしくて月に一度しか会えていない恋人と帰路を歩く。 「足りないっていうか?」 「……足りてはいるんだ」 「うん?」 「衣食住は足りているし健康だよ。だけどさ、満たされてないんだ」 「満たされていないなら、何かが足りないってことじゃないの?」  二人は歩道橋を歩く。  少し遠目に 繁華街に照らされた僕のアパートが見えていた。 「満たされていないのはきっと、味噌汁とか、おはようとか、灯りのついている部屋があればいいと思うんだ」 「何の話……?」  裕子は怪訝な顔をして、僕のひたいに手をあてた。  熱はないみたいだけど? なんていう君の手は、ほんのりと温かい。 「結婚しようって相談なんだけど」  裕子はキョトンとして、あはは。と笑った。冗談だと思われたかな。 「味噌汁とかおはようは分かるけど、灯りのついている部屋ってなに? お帰りって言ってほしいんでしょ?」  僕の回りくどい言い方がツボだったようで、涙を流して笑ってる。そんなに笑わなくても。  ため息をついて歩きだした僕の手を、裕子がぎゅっと掴んでくれた。 「こちらこそ。宜しく」  なんだかな。受け入れられた瞬間、嬉しいはずなのに涙が溢れてきた。 「ありがとう」  歩道橋の上で抱き合う二人。 「あと足りないのは、指輪と婚姻届けね」 「ははっそうだね」  いつか聞いたっけ。男は夢ばかり見て、女性は現実的で堅実。  だからいつも考えていたんだ。夢ばかり見ている僕には、起こしてくれる彼女が必要だって。  これからも──十年後も、ずっとずっと、宜しくね。
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