結婚式の朝に

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「将来はハルが一番美人になるばい」  極度の乱視のために瓶底眼鏡が手放せず、アトピーで全身をただれさせた私を膝に乗せ、おじいちゃんは言った。  姉妹はみんな裸眼で綺麗な肌をしていた。自分と比べて悲しくなり、私は地面を睨む。 「じいちゃんはよう知っとる。ハルは誰よりも美人になる。ハルは笑顔が可愛いけん。ほら、笑顔、笑顔」  それは呪文のように、何度も、何度も、おじいちゃんは私に言い続けた。    お姉ちゃんからその手紙をもらったのは、結婚式の朝のことだった。  『ハルへ。おじいちゃんより』  私はびっくりして、手紙を取り落としそうになった。少し茶色く焼けた封筒の、曲がりくねった文字。覚えてる。たしかにこれは、おじいちゃんの字だ。だけど、おじいちゃんは十年前に亡くなっている。これはどういうことだろう。 「ハルが結婚する日に、あげてほしいっておじいちゃんが」    お姉ちゃんが言った。  私は震える手で封筒を開いた。  『おめでとう、ハル。じいちゃんが言ったこと、本当やったろ? ドレス着たべっぴんさん、見たかったなぁ───』  眼鏡は中学の途中で外れた。アトピーも徐々に良くなり、高校を卒業する頃には関節の裏にわずかに残るだけになった。社会人になり、化粧を覚えた。美人だと褒められるようになった。そして、彼が私を見つけた。笑顔が好きだと言ってくれた。笑顔でいることの大切さは、おじいちゃんが教えてくれたのだった。  おじいちゃん───  窓から見上げた空は青い。大きな雲は、おじいちゃんが着ていた割烹着のように真っ白だ。 「でも、おじいちゃん、なんでお姉ちゃんに手紙を預けたのかな。おばあちゃんでも、お父さんやお母さんでもよかったはずなのに」  私が疑問を口にすると、お姉ちゃんはいたずらっぽく笑った。 「私なら、忘れず渡してくれるって思ったんでしょ。誰より物覚えがいいから。これは、おじいちゃんが教えてくれた私の長所」    私達は笑い合って、ちょっぴり涙した。 「もう、せっかくきれいに化粧してもらったのに。このタイミングで渡すとか、狙ったでしょ」 「直してもどうせまたすぐ崩れることになるって。私も手紙用意してるし。がっつり泣かせてあげるから、期待してて」  トントン、と控室のドアがノックされる。また誰かが私を泣かせに来たようだ。
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