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例えばこの道を右に行くか左に行くかでこの先の人生が変わると知っていたら、どういう選択をするだろう。俺は今そういう状況に陥っている。
「ここだな」
それはなんてことない分かれ道。学校に行くなら右に、バイト先に行くなら左だ。何一つ迷うことなんてない。なのに、なぜ今ここで足を止めているかというと、それは昨日届いた一通の封筒が原因だった。
「『拝啓 10年前の君へ』? なんだこれ」
青色のペンで書かれたふざけきった書き出しで始まった手紙は、早い話が10年後の俺から、10年前の――つまり今の俺への手紙だった。
明日の朝、バイト先へと向かうためにいつものT字路を左に曲がれ。間違っても気の迷いで右に曲がって遠回りをしてはいけない。その日だけは絶対に左に曲がってまっすぐにバイト先へ向かえと書いてあった。
「誰のいたずらだよ」
切手も貼っていなければ消印もないこの手紙が未来から来たものだなんて信じられるわけがなかった。そもそも本当に未来からの手紙だったとしてもバカ正直に従う必要なんてない。それに俺は、こういうのには逆らいたいタイプなんだ。
「さあ、こっちに行ったら何が待っているのやら」
俺はニヤッと笑うと、迷うことなく右に曲がった。
「なんで今あんなこと思い出したんだか」
「どうかしたの?」
真っ白なドレスに身を纏った女性が、俺の独り言に対して不思議そうに首をかしげた。
「いや、10年前にお前と出会った日のことを思い出してたんだ」
あの日、未来から来たという手紙に逆らって右に曲がった俺は、足をくじいて歩けなくなっている女の子に出会った。それが何の因果か、今隣にいる花嫁だっていうから不思議だ。あの日、あの手紙が来なかったら今日という日を迎えることもなかったかと思うと、いたずらだと思っていたあの手紙に感謝したいぐらいだ。
「そうだ、これさっき式場の人からもらったの」
そう言って妻が差し出したのは、どこかで見た覚えのある封筒と便箋だった。それを見た瞬間、なぜか全てが繋がった気がした。
「10年後の私たちに手紙を書いてみませんか? って。どうする?」
「……俺はやめとくよ」
「まあ、こういうの書くタイプじゃないもんね」
「いや、そうじゃなくて。10年後の俺じゃなくて10年前の俺に手紙を書かなきゃいけないから」
不思議そうな顔をする妻を尻目に、俺はテーブルにあった青いペンを取ると、便箋に文字を書いた。
書き出しはこうだ。
『拝啓 10年前の君へ』
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