大人になれない私たち

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大人になれない私たち

 夜になると、ふと不安になって眠れなくなる。本当にこれでいいのかな、と。そんな時、いつも私はある出来事を思い出す。   「まるで、からっぽみたい」  ブランコに揺られながら、横に座るシュウちゃんにぼそりと呟いた。彼は隣に住んでいたお兄さんで、私と十歳離れている。ずっと一緒にいたから、本当の兄のように感じていた。なんでも話せる、身近な存在。でもその日、当時二十四歳だったシュウちゃんは、すごく大人に見えた。 「からっぽ?」  記憶の中のシュウちゃんの声は、とても柔らかくて優しい。ふてくされた子どもを慰めるような言い方も、シュウちゃんなら嫌じゃなかった。 「自分が何をしたいのかも、何が好きなのかも分からないから」  私はセーラー服のスカーフを、指先でいじりながら言った。それを聞いたシュウちゃんは、ああ、と納得したように頷く。 「みんなもうやりたいこととか決めてて。私だけ取り残されちゃいそう」 「……いいんだよ、分からなくても」  就職してから黒に戻したシュウちゃんの髪の毛は少し傷んでいて、風に吹かれながら重そうに揺れていた。 「まだ十四年しか生きていないのに。先のことを決めるだなんて、そもそも難しいんだよ」  夕陽が私たちを包んで、金色の世界に染めてくれる。夜の心細さを一瞬忘れられそうだった。 「迷っていいんだよ。分からなくて苦しいと思うけど、それでも進んでいけば、見つかるものがあるかもしれないよ」  シュウちゃんの苦そうに笑う横顔を見て、何か思い出したくないことでもあったのかなと思った。でもその顔がまるで知らない大人の人のようで、尋ねることはできなかった。  あの時のシュウちゃんも、中学生だった私と同じように迷っていたのかもしれない。  人はきっと、歳を重ねて大人になっても、ずっと迷っていくんだろう。子どもの頃に思っていたよりも、大人はずっとコドモだ。二十歳を過ぎたから、就職をしたからといって、「はい、大人になりますよ」とスイッチが切り替わるわけではない。迷って、選択をして、そうやって道を作っていく。  あの時シュウちゃんは、私に言いたかったんだろう。「きみは僕だ」と。あの時のシュウちゃんより十歳年上になった、私からも言いたい。「シュウちゃん、あなたは私だよ。でもきっと、それでいいんだよ」と。
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