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ごく普通の家に生まれた俺は、ごく普通の人生を過ごし、ごく普通に20歳になった。誰かに特別好かれる事もなければ、特別嫌われてもいないと思っていた。なのに突然、
「頼むから、死んでくれ」
なんて、言われる日が来るなんて。
「なんでだ?何をしたって言うんだ。悪ふざけなら他所でやってくれ」
「いや、お前は悪くないんだ。僕が悪いんだ、だからお前に死んでほしい」
と、俺に向かって「死ね」と言った知らない年上の男は言った。尚意味がわからない。
「死で罪を償いたいなら人のじゃなくて、自分の命でするんだな。勝手に俺を巻き込まないでくれ」
「そうだな、意味がわからないよな。聞いてくれ、俺は10年後から来たお前だ」
「は?」
何言ってるんだ、こいつは。
頭がおかしいんじゃないのか?
「疑うなら…そうだな、俺の名前は『本田 紀之』、誕生日は7月10日、B型、大学は◯大法学部、両親の名前は幸恵と義隆、妹は真弓、癖は『決め台詞の時に鼻を擦ること』、今は手術で取ってしまったが左目の目尻に黒子があった」
…全部当たってる。(癖は気がつかなかった。言われてみればそうかもしれない)
だからと言って頭のおかしい男の狂言に付き合うつもりなんてない。
「だからなんだって言うんだ。仮にお前が俺だとしても、そうでなくても、俺が死ななきゃいけない理由にはならない」
「これから10年後、お前は…つまり俺は、大罪を犯す」
男は深刻そうな顔でそう言った。続けて、
「『嫁殺し』だ」
なんだと…?
俺の表情が一瞬曇ったのを見抜き、10年後の俺を名乗る男(以下『俺』)は話を続けた。
「5年ほど先に、お前はある女性と結婚する。『三上 歩美』だ。知ってるだろ?」
三上 歩美、それは今の俺の彼女だ。高校卒業した時に告白され、以来付き合っている。仲はそれなりにいい方だし、俺も彼女を大切にしている。まだ結婚だなんて考えてもいなかったが、まぁ別に不思議ではない。
問題は、何故俺が彼女を殺したかだ。
「理由は…まあよくある話だ。『浮気』だよ。俺は数ヶ月前、疲れて帰って来てみると、嫁が男を連れ込んでいた。運が良いのか悪いのか、出張の予定が取り消しになった事で発見してしまったんだ」
「はぁ…お気の毒に」
「他人事だな、お前の話だぞ」
そうは言われても、まだ腑に落ちない。違和感というか、なんというか…そもそも、急に「俺は10年後のお前だ、死んでくれ」なんて言われて「はいわかりました」となる方がおかしいのだ。
「まぁ今はそうだろうな。そこは追々信じてくれればいい」
「というか、何故嫁殺しで俺が死ななきゃいけないんだ?歩美と別れるとかじゃだめなのか?」
と聞くと、『俺』は首を振った。
「だめだ、それは何度も試した。だが今別れても、俺と彼女は何度でも結ばれる。寄りを戻したり、俺か彼女が相手を忘れられなかったり」
そう言うと、遠い目をした。
『運命』そう言ってしまえば美しいが、何度試しても結ばれると言うのは少し奇妙だ。と俺は思ってしまった。
「疑り深いやつだ。まぁつまりそういうことだ。何度試しても俺とお前は罪を拭えない。罪を犯す前に死ぬしかねえ」
…本当にそうなのか?
俺は黙り込んでしまった。確かに、俺が死ぬ事で人の、大事な彼女の人生が救えると言うのなら…?
だが自分の命がかかっているとなると、早々に決断なんてできない。
「一晩待ってくれないか」
と俺は頼んでみたが、
「駄目だ、そう長くここにはいられないんだ。見届けないと逃げるかもしれないだろ」
と『俺』に却下される。…過去の自分に対してなんて冷たいんだ。
そうだな、彼女の為にか…
「わかった、ついてくよ」
と俺が言った刹那、
「時空警察だ‼︎『佐加野 誠』お前を逮捕する!」
という声と共に『俺』の頭上にできた黒い何も無い空間から警察官のような服装の男の人が出てきて、『俺』…いや、『佐加野 誠』に手錠をはめた。
「なんだ⁉︎僕はただこの少年と…!」
「しらばっくれるな、誠。歩美が忘れられないのは分かるが、過去を変えるのは犯罪だ」
警察官が静かにそう言うと、『佐加野 誠』の形相が変わった。目はひん剥かれ、強く噛み締めた唇から血やら涎やらが垂れ落ち、今にも警察官に襲い掛からんばかりである。
「あぁぁぁぁあァァア!お前はいつもいつもいつも僕の欲しい物を手に入れる‼︎‼︎富も!名声も!学歴も!女も‼︎」
そう叫ぶ『佐加野 誠』のみぞおちに警察官は拳を一発。『佐加野 誠』はグタリと動かなくなる。
そして警察官はくるりとこちらを向いて、
「すまなかったな、少年。俺は10年後から来た時空警察だ。10年後、アメリカでタイムマシンが開発される。その取締りをしている者だ」
「時空…警察」
「危なかったんだぞ、少年」
と警察官が顔をしかめる。
「騙される所だったんだ。最近多発している詐欺でね、過去を変えたくて人を騙して殺したり自殺を促したりする。一人称とか癖とか違ったりしただろ?気をつけなきゃ」
確かに、言われてみれば初めに会ったときだけ『僕』と言っていたような気がする。俺と話してから、俺の一人称に合わせて『俺』に変えたんだな。
違和感の正体に気が付き、少しだけスッキリした。
「じゃあ…あれは俺じゃ無いって事?」
「そうだ、安心しろ。君は10年後人様に誇れる仕事をしているよ、あんな犯罪者じゃ無いさ」
と言い、警察官は鼻を擦った。
どうやら、本当の10年後の俺を知っているらしい。少し興味が湧き、俺は俺について尋ねてみた。しかし、
「悪いがそりゃ駄目だ。不必要に過去を変えたり、過去の人物に未来を教えるのは犯罪なんだ」
と警察官は申し訳なさそうに苦笑した。
そうか、まぁそりゃそうだよな。競馬とか宝くじとか、なんだって悪用できるもんな。
「じゃあ俺はそろそろ行くよ」
警察官がそう言うと、先程の場所に再び黒い何も無い空間が現れ、その中に足をかけて、
「じゃあな、少年!」
と言い、パチンとウィンクした。
その左目の目尻には、黒子がぽつんとついていた。
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