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十年前の僕へ。
きみの夢は宇宙飛行士だったね。
だけど残念ながら、小学校の卒業文集に記したきみの夢は、どうも叶いそうにないよ。
本当に残念で申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、どうか許してね。
ーーいま僕は、恐怖に怯える女性の前に立っているよ。
彼女は床に尻もちをつき、部屋の掃き出し窓の方へ両足をばたつかせながら、僕から逃がれようとしているよ。僕と彼女は恋人同士で、二年前から同棲していたんだけど、彼女は他に好きな人ができたらしいよ。僕という彼氏がいるのに、笑っちゃうよね。
僕の右手には包丁が握られているよ。どうせ愛する彼女と一緒になれないんだったら、殺しちゃった方がマシだと考えているよ。あの頃のきみも、きっとそう思うよね。だってパズルのピースは一個でも失くしちゃったら、永遠に絵が完成することは叶わないんだからさ。
だから僕は、悲鳴をあげる彼女へ倒れ込むように、包丁の切っ先を腹部へと押し込むよ。僕の手元が彼女の生暖かい血で濡れるけど、その温度すらも僕は愛おしいと思うよ。裏切られたという怒りを通り越して僕は、彼女に対する感謝の気持ちでいっぱいだよ。だって僕は男だし、どう頑張っても子どもを産むことができず、直接“生”に関わることはできないんだよ。だけど一番愛する彼女の命を持って、僕は大抵の人間が携わることができない直接的な“死”をこの手で経験することができたんだよ。それってすごい体験だときみも思うよね。
彼女のお腹に、包丁を数回突き刺したよ。彼女の目は、もうどこにも焦点が合っていなくて、力なく床に倒れたよ。僕は立ち上がり、血の海に沈んだ彼女を見下ろしながら、なぜか笑っているよ。これから僕がどうなるのか、どうすべきかなんてわからないけど、とても清々しい気持ちで胸が満ちているんだよ。
ーーすると唐突に、中年男性の野太い声が、僕の鼓膜を震わせるよ。
その合図で僕が殺したはずの彼女が生き返り、僕の顔を見て微笑むよ。
僕は彼女の表情を見て、ちょっと照れくさい気持ちになりながらも、なんとか微笑み返すよ。
十年前の僕へ。
きみの夢は宇宙飛行士だったね。
だけど残念ながら、小学校の卒業文集に記したきみの夢は、どうも叶いそうにないよ。
でもこのお仕事なら、どんな人物になりきることも、どんな職業に就くことも、可能なんだよ。
ーーだからきみの夢を間接的に叶えられるその日まで。僕、頑張るよ。
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