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「賭けるか?」
「負けて吠え面かくなよ」
まるでケンカのようなやり取りとはうらはらに、十才のオレ達はガシッと腕を組んだ。
風が吹き、神社のイチョウが、ざざあっと葉を散らして、たった今地面に埋めたばかりのオレ達の秘密を覆い隠した。
「十年後、またここでな」と、言い交わして、それぞれの家に走って帰った。
夕焼けがアイツの顔をオレンジ色に照らしていた。
十年後、と約束したが、次の日もオレ達は一緒に小学校に登校する。
なぜなら、生まれた時から兄弟のように育ってきた幼なじみだからだ。いくらカッコよく将来を約束しても、それはそれ。毎日遊ぶ。
中学も高校も同じ学校に進学したが、初めて大学で別々になった。アイツのママが、「武ちゃんと離れちゃって、寂しそうなの」とオレの母親にこぼしていたと言うが、そんなのオレだって同じだ。
オレ達は二十歳になった。
「なあ、本当に掘り出すの?」と、アイツが言う。
確かに成人した大人が、神社の地面を掘り返していたらおかしい。
「うるさい、約束を果たすときが来たのだ! 負けを認めるのか?」
わざと子供っぽく言い放つ。
「なにを! 手を汚すのが嫌だっただけだ! 受けて立つ!」
オレ達は、それぞれ隠し持ってきていたシャベルで地面を掘った。埋められているもの、それは蠱毒だ。
蠱毒というのは、百匹の毒虫を一つの箱に閉じ込めたら、最強の虫が出来上がるという、古代中国の禁じられた術のことだ。
十才のオレ達は「古代」とか「禁じられた」とか「最強」とかいうワードに弱かった。
そこで二人がそれぞれ蟲毒を作り、出来上がった二匹を戦わせよう、そういう約束だったのだ。
カツン、とシャベルが音を立てた。
箱を拾い上げて、交換する。
「せーのっ」
中には一枚の写真が入っていた。幼い自分がスッポンポンでビニールプールで笑っている。グハッ! 前歯が抜けている。
恥ずかしさに写真を裏に返す。
(あ、負けた)
「次に歯が抜けるまで一緒だぜ!」と書いてあったのだ。
じわっと熱く滲んだ視界で隣を盗み見ると、アイツは鼻を膨らませていた。泣くのをガマンしているんだ。
保育園の先生が結婚退職する時に、大泣きして鼻水垂らしているアイツの写真。写真の裏には十歳の僕の字で、「お前の孤独は、いつだって俺がやっつける!」と書いてあるはずだ。
「十年前のお前! 俺の勝ちだ!」俺は言う。
「何言ってるんだ! オレの勝ちだろ!」と、お前は答える。
激しく言い合いながら、オレ達は肩を並べて歩き出す。まるでケンカのようなやり取りとはうらはらに、二十歳のオレ達はガシッと肩を組んだ。
『作戦、成功だぜ!』と言う十歳のオレ達の声が聞こえた気がして振り返ると、イチョウの葉がサヤサヤと揺れていた。
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