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しっかりとした声色に返す言葉を失くしていると、男性は目尻にシワを寄せながら微笑み口を開く。
「それがな、夕食の味噌汁の味も変わらないんだ。俺が夜にカツ丼を食べて帰っても、嫁が風邪で体調が悪い日も、味噌汁だけはちゃんとあるんだよ。共働きで忙しいはずなのにな」
男性の発言に思わず顔を上げる。俺は妻の味噌汁が大好きで、プロポーズは「君の味噌汁を毎日飲みたい」だなんて、どこかのドラマにあるような台詞だった。
妻は仕事を頑張りながら俺を支えようとしてくれている。毎晩食卓に置かれる一杯の味噌汁は妻なりのエールなのだ。危うく、仕事の疲れから妻の温かさを忘れてしまうところだった。
気づけば電車は減速して止まり、扉の先には見慣れた最寄り駅のホームがある。鞄を片手にホームへ降りると俺は一度だけ振り返った。
「ありがとうな」
「どういたしまして」
俺は背筋を伸ばすと、明日に向かい歩き始めた。
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