群青プレイリスト

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 奇妙な中二の夏がはじまった。  新学期スタートはなんと六月。こんなこと一生に一度かもしれない。  冷房を効かせているのに教室の窓は開いたままだし、トイレの前には1メートル間隔にテープが貼られ、急いでいても駆け込めない。  一日中マスクを付けてなきゃならないし、これはどうでもいいんだが、音楽の時間に歌は歌わない。  そんな風に僕たちは粛々と、新しい生活様式というものに従っていた。  なのにクラスメイトの坂口は、昨年の合唱コンクールの自由曲を大声で歌いながら下校していて、先生に注意される始末。  以前の僕なら、  ――あ〜あ。また坂口か。  醒めた気持ちになるだけだったけど。  坂口が大声で歌い出したい気持ちが、その時だけはすごく分かった。  僕も、鬱々として、むしゃくしゃして、何でもいいから蹴とばしたい気持ちだったから。 「うるさっ……」  すると、正門を出たところで、ちょうど隣を歩いていた知らない女子が無愛想に言い捨てた。  マスクをしているとはいえ、同級生なら分かりそうだが、別の学年だろうか。 「星宮さん、さようなら」 「……さようなら」  教師が名前を呼んで、僕は気づいた。  ――星宮って……学校に来てたんだ。  そんな名前の同級生がいたことはなんとなく知っている。  ――もっと弱々しい子かと思ってた。  いかにも気が強そうな横顔に、僕がぼんやりしていると。 「いい曲じゃん……なのになんで歌っちゃいけないの」  星宮がボソリと言った。  さっきの「うるさっ……」という台詞は、坂口に対してじゃなく、今のこの状況への不満だと、やっと分かった。 「去年の自由曲、僕も好きだな」  うっかり声が出て、星宮が目を丸くした。 「……なんていう曲?」  星宮に返されて、僕も驚いた。 「ああ……」 「ほら、そこの二人! ソーシャルディスタンス!」  強面の男性教師から叫ばれ、僕たちは慌てて離れた。  星宮はため息をついて歩みを速める。  僕は星宮の背中が遠ざかる前に、勇気を出して叫んだ。 「明日……、紙に書いて渡すよ!」  星宮は振り返ると、小さく手を振った。 『十年後の君へ』  僕は家に帰るとすぐ、自由曲のタイトルをノートに記す。改めて、星宮に伝えたい曲だと思った。  それから、去年の合唱コンクールで各クラスが歌った曲をすべて書き出す。さらに、お気に入りのミクスチャーバンドの曲や、中学生の女子が好きそうな曲も加えてみた。  それは星宮に贈るプレイリスト。  いつか一緒に大声で歌える日が、楽しみでたまらない。    終わり
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