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覚えているよ。
もちろん、忘れるはずがない。
5時37分36秒。
三畳ほどの洋室。花瓶には造花のユリが活けられていて、埃がね、何処から来たかも分からない蜘蛛の糸に絡らんでいた。
それが、メトロノームのようにゆっくりと首を振るんだ。
ゆっくりと。
チクタク、チクタク。
今か、今かと分娩台の隣室で待つ俺は、君の無事を祈る事しか出来なかったよ。
汗を握りながら、せめて君にプレゼントをしようと思い、メトロノームと腕時計を凝視していた。
おんぎゃ、おんぎゃ。
明け方に君は泣いた。
あれはね、ママには悪いけど「パパ、わたし頑張ったよ」って聞こえたんだなぁ。
ほどなくすると、看護師さんに抱かれた君は、瞳孔が開いた片目でこちらを不安そうに凝視していた。
だから、その瞬間に、君を愛してしまった。
俺がいなければ、俺の力が、この子に必要だって素直に思えた。
あやね。
10年前の君のことだ。
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