余命の値段

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「あなたお願いがあるの」 あらゆる治療の甲斐もなく、余命半年を宣告された妻が薄い笑みを浮かべながら僕に請う。 「そんなのインチキかもしれないだろう?」 「インチキだったら何の影響もないからいいじゃない。私、明日死んでも構わないからこの子の未来が見たい」 僕の膝の上に座るまだ二歳になったばかりの娘は、ようやくママと言えるようになったばかりだ。 妻は余命屋という商売があるというのを人づてに知った。余命を買い取って未来の一日を見せてくれるのだという。半年しかない時間を売ってまで未来が見たいという妻の望みは気持ちは痛いほど分かっても、僕には耐えがたいものだった。彼女と過ごせる時間が僕と娘から奪われてしまうからだ。 それでも僕は妻の望みを叶えることにした。 余命屋は驚いたことに高校生にしか見えない少年だった。少なくとも僕にはそう見えた。余命屋は妻の頭の後ろの方を見てこう言った。 「あなたの本当の余命は一年。一年丸々の買取で15年先。半年の買取で10年先を見せれるよ」 「一年で15年? 20年ではなくて?」 と僕が尋ねると余命屋はムっとした。 「時間は単純な足し算ではないんだ。人にもよるし僕が決めているわけじゃないから」 僕と余命屋のやり取りに妻は笑った。 「きっと私におすすめのコースは半年で10年ってことなのね? ふふふ変な感じ、お医者様から言われた半年を売っても半年残ってるから、私何も売っていないみたい」 妻は余命を半年買い取ってもらい10年後の未来を見せてもらうことにした。 余命屋は妻の眉間にほんの数秒手をかざして「今日夢にみるよ」と言って妻の病室から去った。 「やっぱりインチキだったかもな」 僕がそういうと妻は笑った。翌朝病室を見舞った妻の顔は明るかった。 「10年後はどうだった?」 「あの子とても幸せなこどもだった。あなたありがとう」 妻は医者から言われた通りに、そして余命屋が言った通りに半年後に亡くなった。 妻が亡くなって10年がたった娘の誕生日。娘は亡くなった妻の夢を見たという。 余命屋はインチキではなかったのだろうか? 僕には分からない。本物だったとして余命屋は本当に妻の余命を買い取ったのだろうか? それも僕には分からない。確かなことはあの時僕らの時間は少しも奪われず、10年後の娘の姿を夢に見た妻が安心して旅立てたということだけだ。 そして、あの少年は今も少年の姿のままではないだろうかと僕はつい想像してしまうのだ。
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