カケラ

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カケラ

「千葉さん、『これ追加でお願い』だそうです」  後ろの席の石川がそう言って、俺のディスプレイの右下にメッセージの通知が表示された。 「……こんな時間にだれの指示?」 「部長です。僕はもう無理だと思いますよって言ったんですけど」  やっぱり部長か。  壁掛け時計を見る。時刻は二十一時前だった。  オフィスにはもう俺と石川の二人しか残っていない。 「で、指示の中身はなに」俺は訊いた。 「開いてみてくださいよ」 「そんな気力はない」 「……ホームページの改修とブログの更新、SNSアカウントの管理だそうです」 「また雑用かよ……そんなんいつでもいいだろ」  ――こういうとき。  もし自分の夢が叶っていたら今頃は、と思う。  小説家になるという俺史上一番のとんでもない妄想は十年前に妄想のままで終わった。  そもそも自分の才能とやらをコメ粒ほども信じていなかった俺はいつの間にかIT業界に就職して下働きを続けていた。しかも雑用が多い。  おい十年前の俺、残念だったな。  お前の経験は全く活かせてないぞ。 「まあいつでもいいと言えばそうかもしれないですけどね……でも誰でもいいかと言えばそうでもないと思いますよ」 「まさか石川、お前が俺に押し付けているじゃないだろうな」 「違いますよ。でも部長に推薦はしましたね」 「お前が部長に? この雑用をか?」 「雑用っていうか……まあそうですね。ブログ更新とかの」  やっぱりそうじゃないか。 「どうして俺なんだよ石川がやれよ。俺の本業はシステム屋なんだぞ」 「僕だってそうですよ。でも千葉さんがいいと思うんです」 「だからなんで」 「千葉さん、なんか文章うまいじゃないですか。だから文章作成系の仕事は僕がやるより千葉さんのほうがいいかなって。そりゃあ僕だって勉強していかないとですけど。なんていうか千葉さんの文章って冒頭で読んでみようかなって気になっていつの間にか最後まで読んじゃうんですよ。自社ブログとか特にそうです」 「……………………」 「千葉さん?」 「……ああ、いいよ。わかったよ。俺がやるよ。石川はもう帰っとけ」 「え、いいんですか。久しぶりに終電以外で帰れます……」 「安心しろ。明日からまた終電だ」 「……本当、この職場は夢がないですね…………」  それは同意せざるを得ない。  まあ、だけれど。  おい十年前の俺、よく聞け。  お前の夢は叶わなかったけれど。  そのカケラはどうやら俺の中に残っているみたいだぞ。
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