ゆうしゃのおはなし

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ゆうしゃのおはなし

むかし、むかし。遠いむかしのおはなし。 あるちいさな村に、ゆうしゃ様が生まれました。ゆうしゃ様は生まれた時からゆうしゃ様でありました。 ゆうしゃ様にはとても大きな使命がありました。世界が滅びてしまう前に、悪しき魔王を倒さなくてはいけないという大事な使命です。天命と言った方が正しいでしょうね。 村の人々はとても喜びました。これで、我らはもう恐怖に怯えることなく過ごせる、と。ゆうしゃ様は、村の人々の期待を背負って、やがて立派な青年となりました。 十八歳となったゆうしゃ様は、悪しき魔王を倒すために村を旅立ちました。襲いかかる魔王の手下を斬り捨て、魔物を葬り、世界中の人々を助けながら魔王のいる城に向かって行きました。 ゆうしゃ様に助けられた人々は皆こう言います。 流石ゆうしゃ様。 ゆうしゃ様万歳。 ゆうしゃ様、ありがとう。 と。 でも、誰もゆうしゃ様の顔を覚えていませんでした。 ところで、ゆうしゃ様は、その身を焼かれ、切り刻まれ、血を吐いてもしぬことはありませんでした。ゆうしゃ様は使命がある限り、しねないのです。 だから、ゆうしゃ様には一緒に戦える仲間がいませんでした。不死身のゆうしゃ様と人々では、力の差が歴然でした。だから、人々はゆうしゃ様に託す事しか出来ませんでした。 やがて、ゆうしゃ様は魔王のいる城に辿り着きました。 その後の事は、もう、誰も分かりません。おそらく、ゆうしゃ様は使命を果たされたのでしょう。 城から眩い光の柱が昇っていくのをみて、人々は喜びました。 世界が救われたことに安堵し、涙する者さえいました。 しばらくすると、人々と魔物の間にも親交が深まり始めました。えぇ、あなたたちにも魔物のご友人がいらっしゃることでしょう。 ゆうしゃ様によって世界は素晴らしいものとなりました。 ゆうしゃ様は二度と人々の前に姿を現しませんでしたが、人々の心の中にゆうしゃ様は生き続けます。 ゆうしゃ様、万歳。 ゆうしゃ様、万歳。 *  *  * 「貴方が魔王だな。」 「いかにも。……なんだ、貴様、一人ではないか。」 「勇者は一人だと決められているのだ。」 「……まことに憐れなことよ。」 「貴方もだろう。」 「………。」 「提案があるんだ。力を貸してくれないか。」 「何だ。」 「僕はもう勇者から解放されたいんだ。そして、貴方も魔王から解放されたい。そうだろう?」 「勇者の剣で貴方の胸を貫けば、貴方は死んで《魔王》から解放される。」 「でもそれじゃあ僕は一生解放されない。」 「だから、同時に貴方のその鋭利な爪で僕の胸を貫いてほしい。」 「どうだろう?」 「……くくくっ、ふは、はははははは!!良いじゃないか!貴様とならば次の世界も楽しめそうだ!」 「気に入ってくれて嬉しいよ。それじゃあ早速。」 「き、さま……わざと、急所、を外した、な?」 「ふ、ふふ、だって、少しだけ、《貴方》と、話して、みたかったんだもの。それに、それは、貴方も、でしょう?」 「何、ちょっとした、意趣返しよ。存分に、苦しめ。」 「ひどい、なぁ。僕はもう、《ただの人間》なのに。でも、嬉しい、よ。」 「だって、初めて、あたたかい、気持ちに、なれたのだから。」
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