送り雨

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送り雨

―――最ッ悪だ。 校門を出て、帰路に向かう途中で通り雨に降られた。当然傘なんぞ持っていないから、容赦なく体温を奪われていく。捲られていた袖を降ろして、憂鬱な気分のまま歩いていけば、たくさんの人で溢れた道に出る。 ズキズキと痛む頭を押さえながら、舌打ちをする。何だよ、皆、傘持ってんじゃん。 不意に電信柱の陰から何かが飛び出してくる。……あぶねぇ、もう少しでぶつかるところだった。 「金髪のお兄ちゃん、遊んでよ。」 飛び出してきた何か―――小さなガキが俺の事を呼んでいる。 「遊ばねぇよ。」 こういうのに関わるとロクな事がない。さっさと家に帰って眠りたいのに、こいつはずっと俺の後をついてくる。あそんで、あそんで、あそんで。ガンガン痛む頭に眉をひそめて、ため息を一つ。しょうがねぇから遊んでやる。 嬉しそうな顔すんな。 *  *  * この町には娯楽施設どころか、遊具がたくさんある公園なんて存在しない。どこで遊ぶのかと、首を傾げながらガキに着いていけば、ツツジの花に囲まれた、ベンチしかない公園とも呼べない空間に連れていかれた。 「で、何して遊ぶんだよ。」 「これ!!ぼく何回やってもラスボスが倒せなくって。」 ガキが取り出したのは旧式の携帯ゲーム機だった。画面を見れば、見覚えのあるタイトル。一昔前に流行った有名なRPGだ。俺もガキの頃にやったことがある。攻略法を教えてやれば、順調にダメージが入っていくのが楽しいらしく、きゃっきゃっと声を上げて喜んでいる。画面がびしゃびしゃに濡れていくのにもお構いなしだ。 ふ、と顔を上げれば、紅色。そういやここはツツジが群生していたな、と思い出す。手持ちぶさたになった俺は、花を一つ手折った。おしべを引っこ抜いて、花を口元に持っていき舌で蜜を吸出してやれば、甘い香りが口いっぱいに広がる。視線を感じてそちらに目を向ければ、ガキが目を輝かせてこちらを見ていた。画面に目を落とせば、GAME CLEAR の文字。わしゃわしゃと頭を撫でて、おしべを引っこ抜いた花を渡せば覚束無い様子で蜜を吸い始めた。 「甘くておいしい!!この花っておいしかったんだね!」 「おー、初めてか。」 「うん!ぼくこの花が食べれるなんて知らなかったよ。」 ガキは立ち上がって、ツツジの花を次々と手折る。足元には蜜を吸われた花の残骸が散らばり、死体みたいだ、等と柄にもないことを考えてしまう。ぼんやりとガキの後ろ姿を眺めていれば、背後に気配を感じた。 「ツツジの花言葉は、節度。翔、いくら美味しくても食べ過ぎはダメよ。」 振り返ると、セーラー服の女が傘をもって立っていた。顔は影になっていて、よく見えない。 「あんた、コイツの兄弟?」 「そうよ、この子の姉。珍しいわね、この子が誰かと一緒に遊ぶだなんて。」 「そりゃそうだろ。」 ガキはニコニコしながら、女の腰に抱きつき顔を埋めている。 「……、あなた優しいのね。」 「優しくねぇよ。」 「でも慣れてる。」 「慣らされたんだよ。」 女は長く息をついて安心したように、小さなレインコートをガキに着せ始めた。 「ありがとう。あなたのおかげで久しぶりにいい気分よ。でも、もうかえらなくちゃ。」 「だろうな、もういい時間だ。」 「あなたは?」 「俺も帰るよ。」 「えー!僕もっと金髪のお兄ちゃんと遊びたーいー!!一緒にいこうよー!」 「また今度な。」 額を小突いてそう言えば、ガキは再び嬉しそうな顔をする。隣で女は呆れたように、ガキの頭を撫でていた。 「出来ない約束はするもんじゃないわよ。」 「良いんだよ。実際会おうとすれば会える。」 「……へんなひと。」 じゃあ、またと。女とガキは手を繋いでかえっていく。それをしっかりと見届けてから、ぐったりとベンチに背を預ける。疲れた。 「だから嫌なんだよ。」 未だじくじくと痛む額に手を当てれば、異常な程の熱が伝わる。こりゃ二日は下がらないな。熱っぽい呼吸を繰り返しながら、乾いた袖を捲り上げようとして、やめた。寒い。鞄の中からカーディガンと携帯を取り出す。カーディガンを肩に羽織り、幼馴染に電話を掛ければワンコールで繋がった。 「わりぃ、○△公園にいるから迎えに来て。」 「は!?またかよ!!?」 「うるせぇ、響く。」 携帯を投げ出し、水滴一つないベンチに横になる。乾いた土に携帯が落ちた音がしたが、気にしている余裕もない。後でアイツが綺麗にしてくるだろう。今はとにかく眠りたかった。 雲一つない夕焼けが空には広がっていた。
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