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夕焼け色にエスケイプ
二人手をとって、前へ前へ。晩夏に叫ぶ蝉の声も、まとわりつく湿気も暑さも気にしないで、ただひたすらに走る。つながれた掌がじりじりと焼けていった。
ちりん、とどこかで風鈴の音が鳴った。生ぬるい風は一つの寂しさを連れて僕たちを優しく包んでゆく。
夕陽に照らされたアスファルトを蹴って、前へ前へ。味噌汁の香りと、八百屋の声。少し寂しい商店街を抜けて、二人は走る。ひりひりと喉が痛んだ。
―――ねぇ、あきら。僕とシンジュウしてよ。
その言葉にあきらは頷いた。
だから僕らは走っている。誰も知らない場所にむかうため。二人だけの場所にいくために。
ぜいぜい、と鳴るすきま風を押し殺して草をかき分ける。僕たちの腹の辺りまであるその草は青い香りがした。
ようやく厄介な青を抜けて砂利道を行く。靴を脱ぎ捨てそこいらに捨て置けば、きっと誰かがもっていってくれるだろう。しめった砂利を踏みつけ、水の流れに近づいていく。
濁った透明に体を委ねて、中へ中へ。シャツはぐっしょりと濡れて、呪いの様に重たかった。
―――手を、離す。
あきらと目があった。あきらは微笑んでいた。
「みのる、好きだよ。」
「……。僕も。」
夕陽が僕らを焦がすから、僕らは沈んでいくのだ。ざぶん、と音をたて二人だけの場所にいく。しあわせになれるのであれば、一時のくるしさなんて耐えられる、筈だったのに。
結局僕は臆病だった。
もうちゃんと息は吸えているはずなのに、何故かとても苦しかった。視界が熱を持ってじわじわと歪んでいく。
「好き、好きなんだ、あきらのことが、すきなのに……!」
泣きじゃくる僕を、あきらは抱き締めてくれた。強く強く、抱き締めてくれた。
言葉は、ない。
だけど、僕を包む体が震えている事や、首筋に熱いものが滴っていくのを感じたから。だから僕はあきらに体を委ねた。
ごっこ遊びだと、誰かに言われたんだ。だから本物になりたかった。だけど無理だった。こわかったんだ。……ねぇ、良いよね。二人だけの世界にはいけなかったけれど、世界に二人だけの世界があったって、良いよね。
日はすっかり落ちていた。だから僕たちはもう少しだけ、そこにいた。
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