夕焼け色にエスケイプ

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

夕焼け色にエスケイプ

二人手をとって、前へ前へ。晩夏に叫ぶ蝉の声も、まとわりつく湿気も暑さも気にしないで、ただひたすらに走る。つながれた掌がじりじりと焼けていった。 ちりん、とどこかで風鈴の音が鳴った。生ぬるい風は一つの寂しさを連れて僕たちを優しく包んでゆく。 夕陽に照らされたアスファルトを蹴って、前へ前へ。味噌汁の香りと、八百屋の声。少し寂しい商店街を抜けて、二人は走る。ひりひりと喉が痛んだ。 ―――ねぇ、あきら。僕とシンジュウしてよ。 その言葉にあきらは頷いた。 だから僕らは走っている。誰も知らない場所にむかうため。二人だけの場所にいくために。 ぜいぜい、と鳴るすきま風を押し殺して草をかき分ける。僕たちの腹の辺りまであるその草は青い香りがした。 ようやく厄介な青を抜けて砂利道を行く。靴を脱ぎ捨てそこいらに捨て置けば、きっと誰かがもっていってくれるだろう。しめった砂利を踏みつけ、水の流れに近づいていく。 濁った透明に体を委ねて、中へ中へ。シャツはぐっしょりと濡れて、呪いの様に重たかった。 ―――手を、離す。 あきらと目があった。あきらは微笑んでいた。 「みのる、好きだよ。」 「……。僕も。」 夕陽が僕らを焦がすから、僕らは沈んでいくのだ。ざぶん、と音をたて二人だけの場所にいく。しあわせになれるのであれば、一時のくるしさなんて耐えられる、筈だったのに。 結局僕は臆病だった。 もうちゃんと息は吸えているはずなのに、何故かとても苦しかった。視界が熱を持ってじわじわと歪んでいく。 「好き、好きなんだ、あきらのことが、すきなのに……!」 泣きじゃくる僕を、あきらは抱き締めてくれた。強く強く、抱き締めてくれた。 言葉は、ない。 だけど、僕を包む体が震えている事や、首筋に熱いものが滴っていくのを感じたから。だから僕はあきらに体を委ねた。 ごっこ遊びだと、誰かに言われたんだ。だから本物になりたかった。だけど無理だった。こわかったんだ。……ねぇ、良いよね。二人だけの世界にはいけなかったけれど、世界に二人だけの世界があったって、良いよね。 日はすっかり落ちていた。だから僕たちはもう少しだけ、そこにいた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!