理想の母

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 玄関の扉を開けると、そこには母が待ち構えていた。彼女は満面の笑みで、 「今日はカレーの日よ、ちぃちゃん」  と教えてくれる。  キッチンから漂ってくる匂いを嗅ぎながら、わたしはぼんやりと頷いた。ちぃちゃん。慣れ親しんだ呼び名のはずなのに、違和感を覚えて仕方ない。本物の「ちぃちゃん」に会ったからだろうか。 「……」  ふと、一度だけ会った母方の祖母のことを思い出す。  刃物みたいに鋭い目をした人だった。  彼女の前にいる母は、異常なくらいに背中を丸めて過ごしていた。  ——だから羨ましかったの? ママ。  心のなかで問いかける。カレーが好きだったわけじゃなく、カレーの日を作ってくれる母親の存在が羨ましかったんでしょう。自分にないものだったから。 「ちぃちゃん、カレー好きだものねぇ」 「……うん」  嘘だ。わたし、カレーなんて、好きじゃない。
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