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10年後のキミへ
この手紙を読む頃、私はもうこの世に――そんなべたな書き出しはやめておこう。
突然の手紙に、キミはきっと驚く事だろう。それより突然息絶えた私の死体に驚くのが先か。兎に角この手紙を読んで欲しい。
私が実験室に籠ってもう何年経っただろうか。キミには散々迷惑を掛けたね。キミが用意してくれた料理もロボットのように食べて突き返すばかりで、頂きますもご馳走様も言わなかった。キミの誕生日も祝ってやらなかった。それほど発明ばかりに熱中してしまっていたのだ。
これは、きっとその報いなのだ。
私は長年の研究と実験の末、とうとうある物の開発に成功した。驚くなかれ、時間を止めてしまう装置だ。全ての設計が終わって、失敗を覚悟してボタンを押したらどうだ、本当に世界は動きを止めている。私は子供のように大声で駆け回って喜んだ。だが、その喜びも束の間だった。
元通りに戻す筈のボタンが、どういう訳か作動しないのだ。何度押してもパーツを加えてもうんともすんとも言わない。静寂の世界に、私は取り残されてしまった。
何日も何日も、どうすれば良いか考えあぐねた。あ、因みにこれはキミたちにとっての「何日も」ではない。私にとっての「何日も」だ。どういう事かと言うと、私が押したボタンによって太陽系さえも動きを止めている。遵って一日は経過する事はない。ところが私は動いているから、私だけが時を感じる事になる。止まった世界で、私だけが年老いていくという事だ。
だが打開策がない訳ではない。実は不測の事態の為に、ボタンを押さなくても自動で時間を元に戻す事が出来る機能がついているのだ。ところがそれもすぐに作動しない。そして計算の末、この機能が作動するには、私の時間感覚でいう所の「10年」が掛かる事が判明した。……正確に言うと、あと8年弱か。
ご存知の通り私はこんな老いぼれだから、あと8年も生きていける余裕はない。だから筆を執った。
誰とも話せない事がこんなにも苦痛とは、今頃知るにはあまりに遅すぎる。プライドにかまけてキミをぞんざいに扱ってしまった事で、私はこんな罰を受けているのだ。
こんな勝手な老人の事は、忘れてくれても構わない。ただ、きっと生きて会えないだろうキミに、一言伝えたい。
キミの料理は全て絶品だった。キミが誕生日プレゼントにくれた時計を、今だって身に付けている。
今まで一緒にいてくれてありがとう。心から、キミを愛している。
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