雨音

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雨音

「10年後、私はどうしてるかな?」 「そうだな、幸はきっと立派な介護士になって世の中のおじいちゃんとおばあちゃんの為に走り回ってるよ」  あなたはそう言って、私を抱き寄せた。  布団の中で肌を寄せ合って貴方の心臓の音をきく。二人で過ごすいつもの夜だ。いつもと違うのは、窓の向こうに響く雨の音。久し振りに降ったかと思えば、警報を鳴らすほど降りしきっている。 「そうなると嬉しいね。立派じゃなくても、この仕事を続けていけたらいいな。その時さ、自分はこの仕事を始めた時の気持ちをさずっと忘れたくないんだ。あと出逢った利用者様の優しさとかさ、亡くなった人の顔とかさ、叱られたこともあなたに逢えて良かったって言われた時泣いてしまった時の気持ちとかさ、ごめんなさいもありがとうも全部忘れたくない」  雨の中に響くあなたの心臓の音が心地よくて、抱きしめられた腕の中で自由に泳ぐ魚になる。思いついたこと全部口にして、意味が分からなくなっても、調子にのって偉そうなことを言っても、綺麗ごとでもなんでもすべて泳ぐように口から出る。それをあなたは私を抱きしめながら聞いている。全部すべて丸ごと受け止めるみたいに優しく抱く。 「幸ならそうなる」  私は口元を緩め、あなたの胸に顔を埋める。 「司さんならそういうと思った」 「そう思うからそういうんだよ」  私はくすりと笑った。あなたの言葉はいつも確信めいていて、不思議なパワーがある。未来の自分がぱっと頭に浮かび、夢が叶った気分になる。 「ありがとう。じゃあ、司さんは10年後どうしてる?」 「僕は、…そうだな、今の生活が10年後もずっと続いていればいいと思うよ。ありふれた生活。朝起きて食事をして仕事して、共に幸と過ごす。それでも身体が少しずつ衰えてきても幸せだと思うよ。僕はそんな日常が幸せで嬉しいんだ」  私は知っていた。年を追うごとに見えなくなる視界。失明してしまうかもしれない不安を抱えているあなたは、誰よりも日々の有難さを知っている人。  私はあなたの背中に腕を回した。 「待ってってね、一生懸命に勉強してあなたのガイドヘルバーになる。手を取っていろんなところに行くよ。私が見えている世界を司さんに伝えながら、一緒に同じ風景を見よう」  雨の音と二人の心臓の音が重なる。10年後の二人の姿が広がった。
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