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緑の芝生に覆われたその庭は石膏で作られた像が飾られていた。女神と天使か?と考えながら胸元のポケットから煙草のハードケースを取り出した。
肺を大きく膨らませて体内にニコチンを回らせると頭の芯が落ち着いてきて智はようやくリラックス出来た気がした。
国際弁護士としての実力にルックスも伴った姉達は美人双子弁護士としてメディアにもよく取り上げらていれる。本人達の派手好きで社交的な性格も手伝いその人脈は幅広く、今回の結婚式にも多くの著名人・有名人が出席する事は想定内であった。そんな姉達のせいなのか智は反対に人間関係はあまり広くはなかった。狭く深く且つ自分よりもレベルの低い人間とは関わらないが心情の智にとってよく知りもしない相手への愛想笑いほど嫌いなものはない。飛び交う社交辞令を想像するだけでうんざりさせられる。
「式が終わったら仕事と言って帰るか」
だがすぐにその案は却下された。偉大な姉の結婚式に仕事を持ち込むとは智のくせに生意気だと許してもらえないだろう。別に智は姉達に虐げられているわけではない。むしろ感謝している。本物を見分ける目も持てたし弁護士として尊敬もしている。時々発生する二人の我が侭に付き合わされることさえ目をつぶれば彼女達の言う通り偉大なる姉そのものなのだ。
いつの間にか手にした煙草が短くなっており智は物思いに耽っていたことに気付いた。ふと視線をずらすと見知らぬ青年がこちらを見ていた。式場には似合わないジーパンにスニーカーを合わせた格好に智はどこから紛れ込んで来たのか?と思った。黙ってこっちをじっと見てくるその眼差しは熱く智は少々居心地が悪くなった。煙草をもみ消してそちらを見るとやはりじっとこちらを見つめている。何だ?と首を傾げ智は告げた。
「すまない。占領して」
石畳に一歩踏み出すと先ほど案内をしてくれたスタッフが目に留まる。まもなく始まります、と声を掛けられ智は急ごうと歩き出した瞬間。
突然掴まれる腕に智は反射的に相手の顔を見た。すっと通った鼻筋と鋭角な顎に大きな黒目が印象的だった。髪は茶色に脱色され整えていないのだろうふわふわとした感じが犬の毛をイメージさせた。身長は自分より低いがそれは智が185センチあるせいで別に極端に小さいワケではないが自分の腕を掴む手首があまりにも細くて男相手に壊れそうだなと思ってしまった。と思考をめぐらしている間にその青年が口を開いた。
「な、名前」
「名前?」
結婚式場で出会ったジーパン姿の見知らぬ青年に何故か名前を聞かれるその状況を智はすぐに分析出来なかった。急いでください、と催促するスタッフに智も慌てる。自分の腕を掴む青年の手首を掴むとびくりと青年は反応を返した。緩む手の力に気付きすっと腕を引くが青年は気付いていないのかじっと自分の顔を見つめたままだった。
「水城 智だ」
足早にその場を去った智は自分でもどうして名前を名乗ったのかよく分からなかった。急いでいたから?さっさとあの訳の分からない無礼な子供から逃げるために?どれも理屈として通っているようなでも智自身は納得出来ない理屈であった。らしくないことをした、と智は自分に呟いた。
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