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二つしかイスがない小さなダイニングテーブルに座った智の前に暖かい緑茶が出される。
「あの、どうぞ」
ジャージ姿に頭は寝癖だらけの春樹に智はタイミングが悪かったか?と考えていた。
「すみません。姉は今出張に出てて。いつ帰るかまだ分からないんです」
姉と言う春樹の言葉に智はどうりで似ているワケだとまた頭の中で考えていた。あの日不思議な出会いを果たした青年とまたこうやって再会するなんて智自身も想定外であった。
「かまわない。姉にはそう伝えておくから」
智は今日日本を発つサリカの代わりに式での写真とお礼の品を言付かって来たのだった。
「それじゃこれで」
長居は無用、と立ち上がる智の腕を春樹はとっさに掴む。あの時の状況をお互いに思い出した。
「あ、すみません」
謝るくせに掴んだ手は離さないんだな、と智は思った。本当に、この青年は一体何を考えているのか?どうしてこんなにも熱い眼差しで自分を見てくるのか…
「あの、俺―」
頭で考えるよりもさきに春樹は言葉が溢れてくるのを止められなかった。きっかけは何であれこうやってまた偶然再会出来たのだ。ダメ元でこの気持ちだけでも伝えられたらちゃんと失恋して次の恋を探すことが出来る。一種のけじめだ。会ったばかりの名前も知らない男からこんな事を言われるなんて相手も迷惑だろうとは分かっていたけれど自己満足でもいい。自分の中で整理がつけられるのなら一方的でもかまわない、そう思えたから…
ぐぅ~ぐぐ~
二人の間に不思議な音が響いた。
智は最初、何の音か分からなかったがすぐに春樹の顔が真っ赤になったのに気付きそれが春樹の腹の音だと理解した。
「す、すみません!」
慌てて謝る春樹に智は思わず笑ってしまった。
「俺、腹が減ってるんですとでも言うつもりだったのか?」
笑いながら冗談を言ってくる智に春樹は真っ赤になってただ小さくなっていた。
「お礼に君のお姉さんを食事に連れて行ってやれと言われてたんだ。もし良かったら君が代わりにどうかな?」
智の思いも寄らない申し出に春樹はただ何度も頷くしか出来なかった。
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