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ソファに寝転がりクッションを抱えて春樹は夢のようなあの時間を思い出していた。智の連れて行ってくれたのはイタリアンレストランで智はそんなに気負いするような店ではないと言ってくれたがメニューを開くとそんなの嘘だ、ってツッコミたくなるくらい高くそして美味しかった。
会話と言うよりも春樹自身の話や彩華の話をした。事情があって二人で一緒に暮らしていることや年齢を偽ってバーテンダーをしているとか。智はどの話も静かに聞いてくれた。それが嬉しくて春樹はすっかり告白しようとしていたこともレイから言われた言葉も忘れてしまっていた。
帰り際、またもや反射的に掴んでしまった腕に智は胸ポケットから名刺入れを取り出し一枚の名刺を差し出してくれた。今は知り合いと一緒に弁護士事務所をやっている、と説明してくれた。
もらった名刺を眺めながらその事を思い出していると自然と頬が緩むのを春樹はコントロール出来ずソファの上で一人悶えたのだった。
春樹をマンションに送った帰りの車内で智は先ほどのことを思い出していた。
サリカに食事に誘うように言われていたからと言ってその弟を代わりに誘う必要があったのか?
智には珍し過ぎる気まぐれ。しかも相手はまだ十九の子供だ。血迷ったと言っても過言ではなかった。
仕事やプライベートで人と食事をすることはあったが相手は自分と同じ経済観念を持った人間がほとんどだったので智にしてはカジュアルな店を選んだと思っていたのにそれでも春樹にはレベルが高すぎたようだった。
イスに座ってもどこか落ち着かず辺りを見回す仕草。メニューを開いた時にくりくりとした目が一段と開かれたのを智は見逃さなかった。
レストランの食事に素直においしいと喜び目を輝かせて懸命に話をする春樹の表情に智はこんな風ににぎやかな食事をしたのは何年振りか?と考えていた。
別れ際、シフトに添えていた方の腕を掴む春樹の表情は寂しそうで智は思わずどきりとした。
そして、ごく自然と自分の名刺を渡していた。
「知り合いと一緒に弁護士事務所をしている。まぁ、弁護士が必要になるような事は無いだろうが」
小さな白い紙を受取った春樹の表情が一変して明るくなると正直智は安堵した。
春樹の笑顔を思い出し、智は素直に春樹との時間を楽しかったと思った。
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