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応接用の重厚なテーブルに用意された珈琲カップを取ると薫りを深く吸い込む。グロスで光る淡いピンクの唇がカップの縁に付けられ淹れたての珈琲をすすった。
「いい豆を使ってるじゃない」
満足そうに微笑むのは智の双子の姉・エリカだった。
そりゃ、近所の喫茶店からわざわざデリバリーさせた珈琲だからな、とは智は黙っていた。
ただでさえ忙しい昼の勤務時間にやって来た姉に早く帰ってもらう為には出だしの珈琲でつまずくワケにはいかなかった。本物を知り尽くしている女と付き合うのは気が気ではない。
「それで、何の用で来たんだ?」
智の問いにエリカがにっこりと微笑む。この笑みは何かを企んでいる時のものだと長年の経験ですぐに察知した。
「彩華さんとは食事に行った?」
「いや、出張中だったから写真は弟に渡した。食事は弟とした」
「彩華さん、弟が居たの?通りで私達とも話が合うはずだわ」
彼女が合わせてくれているだけなのでは?とは言わなかった。
「でも意外ね。それなら智は用件だけ済ませてすぐに帰りそうなのに」
姉の意見は最もであった。智自身も思っていたことなのだから。
「まぁいいわ。彼女の弟と仲良くしてくれる方が私達としても嬉しいし」
姉達はすっかり彩華を気に入ったようだ。
「特別仲良くするつもりはないよ」
「駄目よ。彼を味方につけておかないと」
「味方?どういう意味だ?」
智の質問にエリカはイタズラ染みた笑みを見せる。彼女達の考えを察した智は溜息をついた。
「智だっていい女性だって言ってたでしょ?だから私達は智のためを思って」
皆までは言うな、と右手の平を見せてエリカの言葉を遮る。反論しようと口を開いた時、デスクの電話が鳴り出した。仕事の用件か?ととりあえず受話器を取るとまるでタイミングを図ったかのごとく意外な相手からの電話の取次ぎであった。
「あぁ、取り次いでくれ」
疑問を顔に出して見てくるエリカに智は受話器を手で塞ぎながら彼女の弟からだ、と告げた。
「もしもし?」
会話の内容は分からなかったが智の柔らかい表情にエリカは満足そうに笑った。絶対に拒むと思って今日は説得するために来たのだがその必要も無さそうだ。彩華の弟が上手く智と彩華の仲を取り持ってくれそうだとエリカは読んだのだった。
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