1255人が本棚に入れています
本棚に追加
/497ページ
1.pray
パンくずと零れたベーコンエッグの黄身が付いた空の皿。マヨネーズを掛けたサラダはまだ少し残っていて、淹れたての熱いコーヒーは目覚めた体にじんわりと沁みる。
マグカップを片手に朝刊をチェックしふと紙面をずらしてテレビ画面を見ると表示されたデジタル時計に慌てて残りの朝食を掻きこんだ。
いつもよりも早い時間に目が覚めたことですっかり油断をしていた。
残り少ない準備時間に急いで食器を重ねてシンクに置くと洗面所に消えて行く背中。
テレビ画面の中ではなじみの気象予報士が心地良い春晴れを笑顔で伝えていた。
部屋に響いていた流水音が止まると洗面所から出て来た背中が寝室へと移動する。
壁一面の巨大クローゼットのドアを一枚開くと中から迷いなくネクタイを取り出して首に巻き付けた。手際よくネクタイを結びながら今度は隣の書斎へと移動するとスクリーンセイバーに切り替わっていたデスクトップパソコンに向かってマウスをくるりと動かす。
画面には一件の新着メールを知らせるウィンドウが開いていて思わず手が止まる。去年の春から日課となった朝のメールチェック。元から機械系統が得意ではないのと筆不精な性格上、なかなか返信には至らないのにメールは定期的に送られてくるから毎日の確認だけは欠かさずやっていた。
約一週間ぶりのメールにしまわれた椅子を引き出して腰を下ろすとマウスをクリックしてメールを表示させた。
予想外に内容は短くすぐに読めたが思わず画面に近づきもう一度読み返してしまった。
そこにリビングから聞こえる現在時刻を知らせる甲高いキャラクターの声。時間が無いことを知ると小さく悪態を付いて彼は書斎を出て行った。
バタバタと慌ただしく出て行くと人の居なくなったマンションには静寂が広がった。そこに起動したままのパソコンが冷却ファンの音を響かせる。画面に表示されたままのメールにはこう書かれていた。
From Setsuri Kisaragi
To Kouichi Takigami
Sub 帰国します。
Txt搭乗便を知らせておきます。
季節は春。あの別れから丸一年が経っていた。
最初のコメントを投稿しよう!