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マルスの夢
――ティティティティ!……ぱすっ。
目覚まし時計を止めるときの感触って、ちょっと間が抜けていると思いませんかぁ?
……ああ、この語尾を伸ばす、ふざけた話し方は、十年前のあの日からやめたのでした。だって、道化を演じる必要は、もう無いから。
鏡の前に立つと、身だしなみを整えます。ブラシを通した髪は薄桃色。瞳は真紅。この特徴は、夜鬼の血統種の証です。夜鬼は、十数年前まで夜の世界を席巻していた種族です。人間の血を好み、人間の天敵でした。
しかし人間に雇われた、便利屋さんの働きにより、事態は一変します。彼は大胆不敵にも、夜鬼のふりをして潜入捜査を行い……それがばれ、追われているところを、心優しい私が助けてあげたのです。
しかし……私が起きると、彼はいなくなっていました。それも、夜鬼のゲノムデータを持って! そのせいで私も死にかけまして。これがまさに、恩を仇で返す。
でも……私を裏切ったその彼は、最後は助けに来てくれました。LOVEなんですね。必死に「俺を必要としろ!」という彼に、私は言いました。「まずはお友達から」と。
あれから十年――私は、人間と夜鬼の共存社会を目指す活動をしています。
実は、私は可愛いだけではなく、頭も良かったようで。人工血液を開発しちゃいました。これで夜鬼の食糧事情は解決し、人間も安心です。
さらに私は、政治の才能もあったようで。人間と夜鬼が、過去を清算できるよう、双方の偉い人たちに掛け合っています。
実は今日も、講演会の予定が三件入っていて。私の友達――兼、運転手さんが、もうすぐ迎えに来ます。早く今日着る服を選ばないと……
――ティティティティ!
――ティリリリン!
何で、先ほど止めた目覚ましがなっているんでしょう。あと、もう一つの音は、スマホ?
「……ふぁい……」
「マルス! また寝坊か。待ち合わせ時間を過ぎている!」
「えーと、運転手さん、今日のスーツは紺とグレー、どちらがいいと思いますか?」
「……運転手なんぞいない。今日も徒歩で飛び込み営業だ。あと二十分待ってやる、早く来い!」
通話はぶち切れました。
……“起きて支度を済ませる夢”を見る。よくありますよね。
そして――十年でそこまで簡単に、世界は変わるわけはなく。人工血液の話は本当ですが、共存社会の話はまだ全然進んでいません。
でも、これは夢で終わらずに、分かり合える日が来るはずです。それは恐らく、また十年後の話――
<了>
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