第一章・―過去と未来―

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 そんな事を思い出すきっかけになったのは、一人静かな書斎でふと思い立ち、書棚の整理を始めたせいだった。  適当に手に取った書物の間から、何かがひらりと床に舞い落ちたのだ。  何だろうと、深く考える事もせず、床に落ちたそれを拾い上げる。  白い封筒に綺麗な文字で、妻の旧姓を含む名前が、そこには記されていた。  これは私がまだ、妻と付き合う前にもらった手紙だ。つまり俗に言うラブレターで、一目であの頃の思い出と内容を思い出す。  妻とは恋愛結婚で、学生時代に彼女の方から私に告白してくれたのが、私達の歴史が始まる瞬間だった。  二人共に非常に奥手で、何をするにもぎこちなく、そのせいで幾度となく衝突したり、上手くいかなかった事もあったのだが、それでも安易に別れなかったのは、一重(ひとえ)に私が妻を深く、それはもう海よりも深く愛していたからに他ならない。  いつも喧嘩の後には私が先に折れて、妻が泣きながら謝る。そんな行為を、まるで二人の絆を深める儀式のように繰り返してきたのだ。  ただ一つ言える事は、そんな困難をずっと乗り越えてきたからこそ、二人の“今”が在る。  それだけが確かな事実である。
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