おとうとと僕

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「あなたの弟よ」 ママがそいつを連れて帰ってきたのは、雨の日の午後だった。 白い布に包まれたしわくちゃの赤い顔。ママは俺を抱く時と同じように、もしくはもっと大事そうにそいつを抱く。 こいつが、この数日間のママの不在理由だった。 「ママはお母さんになるんだよ」 パパは言った。病院で弟を産むためにママはいなかったのだ。 パパとお留守番だったけれど、俺はママに撫でられたいし抱っこしてほしい。すやすやとママの腕の中で眠る奴に腹が立って、つついてやろうとしたが、そいつが「ふにゃ」と泣くので慌てて手を引っ込めた。 「あー」 どこかぼんやりとしたまんまるの目の玉が俺を捕らえ、ひどく嬉しそうに顔を歪めたので、心臓がドキドキしてしまう。 「これからあなたはお兄ちゃんよ。仲良くしてね?」 ママが俺の頭を撫でて懇願する。 俺はいい子に手を引っ込めて(気に食わないけれど!)そいつの額にキスをすることにした。 仕方ない。俺はお兄ちゃん、こいつは弟。 俺の子分でいる限り仲良くしてやろう、とうなずく。 「わかった、俺、お利口にする」 そう宣言した時から弟と俺はずっと一緒にいる羽目になった。 弟はいつもけたたましく泣いたが俺が顔を覗き込むと大抵は機嫌をなおした。 よちよち歩きができるようになると、俺のお気に入りのおもちゃを使い、俺が怒ると泣く。だけど次の日にはけろりと忘れて、俺の後をついてくる。 奴が人生で一番最初に呼んだのはパパでもママでもなく俺の名前で、俺は得意げに胸をはった。 「こいつの気分が一番理解できるのは俺だから、当然の結果だと思うね」 「いいお兄ちゃんね」 ママがキスをくれて褒めてくれたので俺はますます得意になった。 俺は、いいお兄ちゃん。 ずっとこの小さい奴を守ってやる。 弟はどんどん大きくなった。 泣き走り転び泣き笑い喋り、俺の隣で眠る。 昼間は学校に行くようになり一緒に過ごす時間は短くなってきた。それでもいい。ママもパパも弟も、外に出て働く、そういうものだと理解しているから構わない。 それに、俺は知っている。 「ただいま!」 「おかえり、小学校は楽しかったか?」 弟は俺を抱き上げて俺のふさふさした額に、キスをする。 「ミケと一緒が一番楽しい」 知っている。俺がお前を好きなようにお前も俺を好きだって。 十年前のお前の言ってやりたい。初めてみたときのままお前は生意気で、だけどやっぱりかわいいよ、って。 俺は「なおん」と一声鳴いて、弟の頬を舐めた。
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