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突然作業場のドアが開くと、死んだはずの親父が、いやお袋がヒゲ面になったような白髪のオッサンが息を切らせて立っている。
「ちょ、誰だあんた」
「俺はお前だ。10年後から来た」
還暦の俺か。辛うじて頭髪があるようで安心した。「なんの用だ」
「聞け。例のプロットがまとまった」
「マジか10年後の俺」
「ああ。しかし問題がある」
「問題とは」
「書き上がるのに30年かかる」
「おいおい。それは20年後とか30年後の俺と相談しろよ」
「俺もそう考えて俺の10年後の俺に相談したんだ。お前にとっての20年後な」
「めんどくせえな。年齢で言え」
「70歳の俺だな。そんで80歳の俺に相談しに行こうとしたんだが」
「だが?」
「会えなかった」
クソ。だいたいの寿命がわかっちまったじゃねえか。まあいい。ガンでばたばた死んでる俺らの年代ならまあまあ長生きな方だ。
「そんで俺のとこに来たのか」
「そうだ。お前が書き始めれば間に合うんじゃないかと」
「阿呆。還暦の俺の阿呆。アラフィフからじゃ間に合わねえよ」
「え、あークソ。そうだなもっと前か。行くぞ」
「おうよ」
作業場のビルから出ると、例のスポーツカーが停まっていた。運転席には70歳の俺がいる。頭髪がほとんどない。無念だ。
「よう」
「まだ運転できるのか」
「まあな。マニュアル限定だが」
「マニュアル限定?」
「俺の時代ではジジイはMT限定なのさ」
「古希、アラフィフ、話はあとにしろ。アラフォーんとこに行くぞ」
俺たちの乗ったデロリアンは10年前に飛び、ガレージみたいな事務所でベンチャー起業家と仕事をしていたアラフォーの俺を訪ねた。
「なんだ? 伯父さんと従兄弟かと思ったら俺か」
「そうだ。かくかくしかじか」
「え、このアプリ成功しないの?」当時の俺はiPhoneアプリの開発に参加していたのだが、その後40代半ばで離脱して小説家を目指していたのだった。
「アプリは成功した。話は長くなるから端折るが、とにかくお前が今すぐ書き始めないと完成させられない。書いてくれ」
「ああ話はわかった。しかし」
「しかしなんだアラフォー」
「今の俺の筆力だとまだ書けない。体力的に徹夜もできない」
「じゃあどうしろと?」
「30歳かもっと前から書き始めればいい」
「お前は天才か」
俺たちは、さらに10年前の俺に会いに行き説得をした。そしてそのために20歳の俺と10歳の俺と、さらに俺が生まれたときの親父に協力を要請した。小説の完成が楽しみだ。
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