第九話

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第九話

 はっ――とアーシャ目を開く。  目の前に、案じるようなエクレシスの顔が見えた。  見たものの恐ろしさに、まだ心臓が強く拍動していた。アーシャは大きく息をつき、自分の心を落ち着かせる。 「大丈夫か?」  尋ねてくるエクレシスをじっと見る。表情を変えない彼に、アーシャはうなずいた。すると彼は言った。 「審判を受けた結果、相手方の申し出について、答えとなる前世は見つけられたな?」  アーシャがエクレシスに「はい」と答えると、グレブ司祭が別室に待機していたらしいロンハを呼んできた。ロンハは、あの真剣なまなざしで椅子に座ったままのアーシャを見る。 「では、審判を受けた結果を」  エクレシスに促され、アーシャは口を開いた。 「アーシャ・リネイスは審判によって前世の記憶をとりもどした結果、彼と縁はありましたが来世を約束していなかったことを証言します。それにともない……婚姻もお断りをします。今のあたしは前世での縁で保護してもらう必要もないので」 「この前世の内容に相違はないか?」  尋ねたのは、立会人である祭司府の壮年の司祭だ。  二人の前世を見たエクレシスとグレブ司祭は、二人とも間違いないと認めた。 「では、この婚姻に前世の縁は関係しないことを祭司府は承認する」  決定を受け、審判者であるエクレシスと祭司府の司祭、グレブ司祭が祭壇の聖印へ一礼した。そしてグレブ司祭以外は退室していく。  審判は終わったのだ。  扉が閉まる音が聞こえても、ロンハは悄然としてそこに立ち尽くしていた。やがて落ち込んだようにアーシャに問いかけてくる。 「アーシャ。僕にもう一度機会をくれないのか? 今度こそ君を見捨てたりしない、きっと幸せにする! だから……」  アーシャは首を横に振った。 「違うの。怒ってるわけじゃないのよ。ただ、私はそういった償いを求めてないだけ」  あの時代では仕方なかった。過ぎ去ったからこそ、そう思える。 「ちゃんと過去を知って、だからあの時のあなたがそう行動するしかなかったのも理解したわ。うちの丘が欲しくてあたしに求婚したんじゃないってことも、ちゃんとわかったし。むしろ真面目な気持ちだったのにいろいろ酷いことを言って……あたしこそ、ごめん」  アーシャは頭を下げて、続けた。 「でもそんな形で償わなくていいのよ。あたしのことは気にしなくて良いわ」 「許して……くれる、のか?」  ロンハの怯えたような表情に黒髪の少女の悲痛な表情を思い出し、アーシャは苦笑した。 「今のあんたはあたしを見捨てたりしてないじゃない。あとはまぁ、心にもない口説き文句と、悪口を言わなければ、そんなに嫌な人じゃないし」  だから過去なんて気にしない。償いのために結婚までしなくてもいい。そう言うとロンハはますますうなだれた。 「ありがとう……」  けれどその声は、ほっとした響きが混じっているとアーシャには感じられた。お金のために審判を受けてから、彼なりにずっと心に苦痛を抱えていたのだろう。  やがて顔をあげたロンハは、晴れ晴れとした表情でアーシャに謝罪してきた。 「悪かったな。あんなに前世を見るのを嫌がってたのに。無駄な時間をとらせた」 「ううん。結果的にはあなたにありがとうって、言いたいくらい」  そう言うと、ロンハは目を丸くする。 「おかげで、大切な約束を思い出したの」  そしてアーシャは、エクレシスの去った扉を見つめた。
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